ホテルの部屋の窓から蝋燭を灯した聖母行列がサン・ミッシェル門の方に向かっていくのが見えた。
行列が途絶えた頃、セルジュは突然、洞窟に行きたくなった。
急いで服を着た。
ホテルの廊下を歩いていると、誰かに後をつけられているような気配がした。
マリアがそばにいるような感じだった。
エレベーターの前に来ると、すべてのドアがひとりでに開いた。
(パリの不思議のメダイの聖堂での聖母御出現でも、天使に起こされた見習い修道女カトリーヌ・ラブレーが聖堂に向かうと、すべてのドアが次々とひとりでに開いた、といわれる。不思議話によくあるレトリックに過ぎないのか、御出現に立ちあうような異常な精神状態にある人自身が無意識に放射するサイキック・パワーなのか、第三者による隠れた演出なのか、あるいはそこいらにいた浮遊霊のような超常的なモノの仕業なのか、何かの偶然でセンサーが働いたのか、エレベーターなら、前の階で降りた人が間違ってボタンを押してしまっていたのか、まあいろいろな「説明」も可能だが、セルジュのこの話の中で、この状況でエレベーターのドアが開くシーンは、似合っている、と思う。)
不自由な脚でようやく洞窟にたどり着くと、巡礼団に加われなかった人たちから託されていたさまざまな願い事の祈りを繰り返した。
ベルナデットが最初に跪いた場所にセルジュも跪き、ロザリオの祈りを10度繰り返した。
ほとばしる泉の音が大きくなったような気がして、心が奪われた。
セルジュのような人は地元の教区の主催するルルド巡礼に来ている。だから、地元を動けない人々のための「代願」も託されているわけだ。
その人の快癒を祈って大蝋燭を供えたり、託された祈願の紙を洞窟の奥にあるボックスに納めたりする。そこで共同祈願に組み入れてもらうのだ。
みんなのためにルルドの水を持って帰るのも「お約束」である。
そんなことを毎年繰り返しているセルジュだから、この時も、ごく自然に、他のいろいろな人のことを思い浮かべて祈ったわけだ。
ルルドに来ると、自分のことが後まわしになってしまうことは、そんなに不思議なことではない。
本当に自分の病気を治したいと思う人はすでに病院に行っている。 (続く)