Caligula d'Albert Camus
行きつけの小劇場Théâtre du Nord Ouestに、
パトロンであるJean-Luc Jeener演出の『カリギュラ』(カミュ)を観にいってきた。 地下に降りると、舞台(といっても段差はない)にもうカリギュラが座っていて、一幕の第三場から始まる。 エリコンがやってきて、2人の対話から、カリギュラが愛人の死後三日三晩失踪していたこと、絶望から「月(=不可能)を手に入れること」が唯一の希求となったことなどが分かる。 史実によると、カリギュラの治世は24 歳から28歳くらいで非常に若い。その後半から残酷な暴君になったらしいが、理由は実際のところ、よく分からない。 カミュがこの作品を書き始めたのも同じような年代だった。 芝居の中で、「暴君」だと言われたカリギュラは、「暴君とは自分の理念のために人民を犠牲にする者だが、自分には理念がないから暴君ではない、」という趣旨の理屈で反論する。 カリギュラは人生の不条理(予測不可能な運命だとか、死だとか)に抵抗しようとして、あるいはそこから解放されようとして、「自由」のために暴虐の限りを尽くすことになっている。 神々に嫉妬する、などとも言っている。 しかし、結局は、不条理と戦うために他者を殺すことは、自殺の一形態でしかない。「人間」を害することによっては人は自由になれないのだ。 殺される前にカリギュラは Ma liberte n’est pas la bonne.(私の自由は間違いだ) と、失敗を認める。 カミュ自身も、カリギュラは、絶対を希求しながら他者への侮蔑に拠って立ち、殺戮とすべての既成価値の転覆とを図り、愛や友情や連帯を拒絶して道を誤ったと解説する。他者を破壊することは自分を破壊することなのだ。 カリギュラは人々を殺戮することで、人々も彼のように人生の不条理に気づいて反抗してほしいと願った。運命には逆らえないが、暴君は暗殺することができる。言い換えると、カリギュラは自分を犠牲にして人々に「不条理への反抗」への道を開いたともいえる。 まあ、この芝居を見ていると、今シリアで起こっていることやら、ひと頃のカダフィの言動やら、「独裁者」問題は現在進行形の問題だと今さらながら思われて、暗くなる。 また、東日本大震災の後で日本の少女が、ローマ教皇に、なぜ多くの人が犠牲になったのか、神さまは助けてくれないのか、というような質問をして、教皇が、それは自分たちには今ここで理解できる問題ではない、というように答えたエピソードも思い出す。 「罪のない者の死」の不条理の前で人はそれを不当だと思い、しかし「神」はそれに答えてはくれない、というのはカミュの感じたことでもある。 彼は、宗教はその答えを一応提供するが、人がそれを受け入れるかどうかはまた別のことだと言う。かといって宗教を否定して自分で人生の自己実現をしようとしても、それは死で終わるから意味がない、人は結局、不条理に反抗することで生きるエネルギーを得るのだ。 信仰とは、生きる意味や死ぬ意味の「説明」を受容することではなくて、意味を「期待」することだと思うのだが、カミュはあくまでも「解決」を望まずにはいられなかった。 もっともカミュはカリギュラのような他者を破壊する「自由」の間違いを指摘して、他者と連帯し、弱者の側に立つユマニズムに信頼をおいていて、あらゆるイデオロギーの持つ欺瞞性を退けた。すごく誠実な人だったと思う。 カリギュラの方は、残っている彫刻とかを見ても、はじめは皆に愛されていたことから見ても、ハンサムで魅力的な人だったのだと思うが、若いうちからいろいろなトラウマを受けるうちに、統合失調などを発症したという感じだ。 過剰な悪、殺戮には、精神の病の闇があり、しかし、殺すことは、ある種、普遍的な生き難さの倒錯的な表明でもあるから、すべての人の心の奥にはその芽が埋まっている。 ジル・ド・レの戯曲でそれを解明しようとしたJean-Luc Jeenerがカリギュラに取り組む気持ちはよく分かる。 登場人物は6人なのだが、すべてがジャスト・キャスティングで(Olivier Bruaux, Benoît Dugas, Cédric Grimoin, Laurence Hétier, Boris Ibanez, Jean-Dominique Peltier)、神経が極度に張りつめた、絶体絶命、生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの緊張の中に愛や友情への期待が時々火花のように現れては消えるのが鮮烈で、完成度が高い。 言葉が受肉するというのはこういうことかと実感した。
by mariastella
| 2011-07-17 07:52
| 演劇
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