書きたいことが山のように溜まっているのだが、今、忙しいので、例のオスロの事件がらみで、忘れないうちに、ほんの少し、書く。
私は5月のカンヌ映画祭で、ラース・フォン・トリアが、「ヒットラーにシンパシーを感じる」とかいったことで、カンヌから追放されてしまったことに対して、「これって過剰反応じゃないの?」と思っていた。
ところが、今度のオスロ事件の銃乱射男が、facebookの中でお気に入り映画に挙げていたのがトリアーの『Dogville』だと聞いて、すごく複雑な気がした。
本音だから正しいとは限らないし、正論だから建前だけとは言えないし、みんなの言わないことをあえて言うからといってそれが真実だともいえない。
『ドッグヴィル』って、かなり危ない映画だと思う。
どんな人の心にも、嫉妬や恐怖やその他もろもろで他者を虐待したいとか殲滅したいという類の気持ちが潜んでいるとしても、マイノリティの権利を守る、みたいな理由付けで、そういう感情に市民権を与えたり光を与えるのはよくないなあ。
芽のうちに摘み取ってもまた生えてくるとしても、せめて大きく育たないように日陰に押し込めておかないとだめだ。
偽悪の方が偽善よりましだと思うときもあったけれど、凡人は「偽善」でいいから悪を牽制したほうがいいかも。