トリオの仲間とうちの練習室で練習していると、隣りの廊下から猫のスピノザ(通称スピ、またはスピヌー)が、入れてくれといってしつこく鳴く。
ドアをがりがりしたりノブに飛び上がったりもするが、だめだと分かると、哀切と不満が絶妙にからんだ「入れてよー」コールをかけてくる。
その訴求力はすごい。
他の音なら無視して演奏できる私たちもつい動かされてしまう。
私たちトリオがいつの間にかスピを交えたカルテットになっているような具合に声が侵入してくるからだ。
それは、Buryのシャコンヌを演奏している時だった。
この曲を私たちはラ長調(日本風に言うとイ長調)で弾いている。
スピは、それをキャッチして、必ず、自分の嘆き節を「ラ」の音で始めるのである。
それだけだと、「あれ、スピって、ラの音でなくんだなあ」 で終わるだろう。
けれども、私たちは、楽器のピッチを「ラ=440ヘルツ」で弾く時と、418ヘルツで弾く場合と二通りあって、半音近いずれが出るのだが、スピヌーは、どちらの場合でも、正確にその二つのピッチを使い分けるのだ。
つまり、私たちの演奏の基音を正確にキャッチしてアジャストすることで、「曲のドア」を楽々と開けて、何食わぬ顔で四番目の演者におさまってくるわけなのだ。
440と418(こっちがバロック・ピッチだが、歌などが入らない場合は、弦の張り具合や音の届き具合を考慮して私たちは440でも弾く)を聞き分ける猫、というより、多分、鳴き始める時に自然に共振するのだろう。
それにしても単にギャーギャーなくと雑音として無視されることを学習して、同じ調性で演歌風にビブラートをきかせた恨み節を挿入するわけだから、そうされると、こちらも思わずスピとの「仲間感」が生まれてくるのがシュールである。