私は科学書をめったにフランス語で読まない。
科学の術語のフランス語がすぐに日本語と結びつかないから理解するのに何度も辞書を引かなくてはならない。
以前面白そうな生物学の本があったのでどうしても読みたかったのだが、最初に分からない言葉を調べたら「ショウジョウバエ」だったので、あきらめた。
ライフサイクルが短いショウジョウバエが生物学の実験によく使われるのは知っていたが、ではそれがどんな虫かということをよく知っているわけではない。でも日本語ならハエという言葉が入っているからハエの一種だと分かる。
でもフランス語でdrosophile と書かれたら、普通のハエに使うmoucheという言葉は入っていないから類推もできない。
こんな風にいちいち躓いていたら楽しんで本を読むこともできない。で、科学書はほとんどすべて日本語で読むことにしている。
ところが最近、数学の本をはじめてフランス語で読んだ。
虚数というのがnombres imaginaires 「想像上の数」だと知った。
無理数は nombres irrationnels 非合理な数。
フランス語ではなかなか不思議で魅力的な響きだ。
集合論はLa théorie des ensembles アンサンブルの理論。
群論はLa théorie des groupes グループの理論。
ショウジョウバエのフランス語がギリシャ語由来で難しいのに、数学用語は漢字を組み合わせた日本語よりもずっと日常的な言葉で分かりやすい。
敷居が低い。
実際、分かりやすい。
平方根、ルートや、冪乗(べきじょう)、累乗(るいじょう)などという日本語より、日常語を使って簡単に類推できるフランス語ならば、イメージがずっとクリアになる。
円周率のπ(パイ)が「超越数」というのはnombres transcendants 超越する数で、これはもろ一神教の神の概念と近いところにある。
πは、計算の仕方が分かっているのに、規則性が分からず無限に続くので、その中にはあらゆる数字の組み合わせがあり得るわけだけれど、決して「偶然」ではない。
西洋系の数学が、実用的算盤よりも、いつも、神学的なインスピレーションに向かいがちだったことの理由が分かる。言葉は世界を分節すると同時に創造するものだ。
カトリックだったカントールの無限集合は神の存在の証明と結びつけられたこともあるし、ヒッグス粒子が「神の粒子」だと呼ばれたように、物理も数学も、「超越的な何か」に絶えず促されて発展来たのかもしれない。