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L'art de croire             竹下節子ブログ

ビンゲンのヒルデガルト

ここのところ取り込み中で記事をアップする暇がなかったのだけれど、とにかく、記念すべき10月7日に間に合うように少しでも書く。

何を記念するかというと、2012年10月7日、私のお気に入りのビンゲンのヒルデガルト(多少はサイトにも関連記事あり)が、晴れて、教会博士の称号を授与されることである。

カトリック教会「お墨付き」の「教会博士」は、神学上重要な役割を果たした聖人に与えられる称号で、初期キリスト教の教義を確立した神学者をはじめ、聖アウグスティヌスだとかスコラ哲学を集大成した聖トマス・アクィナスだとか、十字架のヨハネのような神秘家など、錚々たるメンバーが名を連ねていて、現在33名いる。

うち3人は女性で、男たちの後に認定されている。

で、34人目で4人目の女性が、ヒルデガルト・フォン・ビンゲン。

1人目は、16世紀のアヴィラのテレサ、カルメル会、スペイン。

2人目は、14世紀のシエナのカタリナ、ドミニコ会、イタリア。

3人目は、19世紀のリジューのテレーズ、カルメル会、フランス。

スペイン、イタリア、フランスと、カトリック国が並ぶのは不思議ではない。

最初のふたりは激烈な神秘家で精力的に活動した。

リジューのテレーズは短い生涯の3分の1を修道院の中で過ごしたが、反教権主義の渦巻く19世紀末から20世紀にかけての苦しい「近代化」の時代に新しい聖女のモデルを提供した。

で、今回は、13世紀のビンゲンのヒルデガルト、ベネディクト会、ドイツ。

ドイツのライン神秘主義の大御所をドイツ人の教皇が「教会博士」にする。

彼女は、あらゆる意味で大物だったのだけれど、当時のマインツの聖職者たちを批判したせいで、いわゆる正式の聖女の称号は得ていなかった。それどころか彼女は教皇も王侯貴族も歯に衣着せずにその腐敗を辛辣に批判した。男社会だったキリスト教界で、自由と独立の精神を持って屹立したのだ。

ラテン語で著書を残したこともあってすでに有名だったので長い間、準聖女と見なされていたのだけれど、2012年の5月10日、教皇ベネディクト16世が、ついに正式な聖女として普遍教会の典礼に組み込み、28日に、教会博士の称号を贈ることを予告したのだ。

彼女に今日的な意味でスポットライトがあたったのはほんの50年ほど前のことで、ドイツの代替療法である自然療法家による再発見がきっかけだった。今の教皇庁はエコロジーに力を入れているので、その意味でも、21世紀になって、彼女はますます重要な意味を持つことになった。

さまざまな幻視を描き、語り、博物学の重要な著書も残し、作曲家でもあった。

人間の心は体に宿り、魂は心に宿る。心身相関のホーリスティックな考えに、スピリチュアルなディメンションを加えて、健康と霊性を結びつけた。魂に宿るのは彼女が「緑気」と呼んだ生の力で、その考え方はバイオ・エネルギーとか、「気」の考え方に非常に近い。

単独の病というものは存在せず、「病んだ人間」を神との関係でとらえた。

それまで寄生虫駆除や胃痛に効くとだけされていたアブサントをオリーブ油に溶いてクリームにすると肺炎に効くマッサージに使えるなどという具体的な療法も、すべて神から告げられたものだと言っている。

私は、シエナのカタリナについては講談社現代新書の『ジャンヌ・ダルク』などで書いたことがある。

リジューのテレーズは時代が新しいしフランス語だし、ある意味ですごくよく分かる。彼女についても『聖女伝』(筑摩書房)などで書いた。

アヴィラの聖テレサについてもすごく書きたいことがあり、アヴィラにも取材に行ったが、同じ頃にジュリア・クリステーヴァが私の狙っていた切り口で彼女を扱った大部の聖女伝を出版したので、なんだか気をそがれた。

ヒルデガルトはずっと私のお気にいりで、ドイツ人だが著作はラテン語なので近づきやすいし、彼女の軌跡を見ていると、時代も国も人間のタイプも全然違うのに、なんだか、直観的によく分かる部分がある。

ついに公式の聖女となって教会博士になったヒルデガルトについていつかたっぷりと思い入れをこめて書いてみたい。

とりあえず、今日を、記念日にしておこう。
by mariastella | 2012-10-07 06:26 | 宗教
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