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L'art de croire             竹下節子ブログ

Le Ballet de la Merlaison

メルレゾンのバレー

先日、オデオンでChristine Bayle のLe Ballet de la Merlaisonの記録ビデオの上映会に行ってきた。

コンビェーニュの帝国劇場で去年の5月に初演したものだ。

宮廷ダンスと言えばルイ14世が有名だが、実はルイ13世の時代にはもう宮廷バレーのテクニックは確立していた。ルイ13世の誕生の時からの主治医が幼い皇太子の暮らしぶりの日記を残していて、そこには彼がダンスや楽器の練習に熱心だったことが書かれている。

宮廷ダンスとしてのバロックバレーは技術的にはルイ13世の時にすでにピークに達していたらしい(デュマの『三銃士』にも言及がある)。

といってもまだ振付の記譜法は確立していないし、オペラ・バレーもできていないし、リュリーが工夫した抒情悲劇、つまり、ダンスと交互に役者に朗誦をレシタティフとして歌わせながら劇を展開させるいかにもフランス的なオペラもまだ生まれていない。

それらのすべてを熟成させて詰め込んで、音楽を「受肉」させたラモーの時代はさらにもっと先だ。

このメルレゾンのバレーは、残っている楽譜にパトリック・ブランが中声部を加えた曲に、クリスティーヌがふりつけたものだ。レシタティフの代わりにところどころ、台詞(詩)の朗誦が挿入される。

登場人物はルイ13世(彼が「冬」や「ツグミ」に仮装する設定)と王妃と、愛人のラファイエット嬢(有名なラファイエット夫人の大おばに当たる)とリシリューで、彼らの狩りの様子、楽隊や兵士や鳥たちによるマイムや踊りが繰り広げられる19景からなる本格的なものだ。

衣装は当時のタロットカードにインスパイアされて製作したそうで、カーニバル風でもあり、仮面や小道具もいろいろ工夫されていて楽しい。

儀式風、マイム風の部分は、なんだかバリ島の伝統舞踊だとか、能の舞だとかを連想させる。

ダンサーはクリスティーヌの他女性4人、男性4人だ。

女性のうち2人のイレーヌとエリーズはどちらも180 cm以上の長身なので、ユベールやエマニュエルら男性陣とほぼ変わらない。

それで、彼女ら(特にエリーズ)が、男装して何度も兵士や従者役などをこなしていた。

彼女らはクラシック出身だからジャンプ力もあるし、ダンサーたちの特性を知り尽くしているクリスティーヌならではの高度な動きのある振付で、舞台として迫力もあり贅沢で満足感がある。

クリスティーヌはこの作品や次の作品のスポンサーを見つけるために上映会をしているので、その意味では、説得力があると思う。

音楽も、ゆっくりした3小節の後に8 小節の速いテンポというように、いかにもこの時代らしい不規則で動きのある展開などがあって魅力的だ。

時代は1635年のスペインとの戦争前夜の「外交」期間であって、このバレーも一種の政治的メッセージを帯びているらしい。

王がラファイエット嬢を魅惑したいという意図もあって、目と耳とエスプリのすべてを満足させるという設定になっている。

最後は春の戦士が冬を追放する。

四季が冬から始まるというのは、冬至の後に太陽が再生していく過程でもあり、黒から白へ移る錬金術の過程でもある。

こういうスペクタクルのコンセプトはほんとうに、オペラ・バレーの揺籃だし、朗誦を朗唱に発展させさえすれば、フランス・バロック・オペラの誕生だ。

ルネサンスのダンスがどのようにして宮廷ダンスに変化を遂げたのかは今でも謎の部分が多い。

現在研究対象になっている最初の舞踊法の手稿(le manuscrit "Instruction pour dancer" )は、ルイ13世が即位した1610年頃のものだが、具体的な踊り方はわからない。

もう一つの手掛かりは、1620年代に英国で暮らしてダンス教師を生業にしていたフランソワ・ド・ローズ(François de Lauze、1570-1630)が、バッキンガム侯爵夫人のために書いた『舞踊弁論並びに男女共通の完全教授法』(Apologie de la danse et la parfaict methode de l’enseigner tant aux cavaliers qu’au dames 1623) (なぜ弁論なのかというと、舞踊が異教的なものではなくてキリスト教に適っていると説得するためだ。宗教改革を経てきた微妙な時代背景がよく分かる)というものだ。

この5-7章にはロンドやクーラントなどかなり詳しい解説があって、この二つの資料を突き合わせながらルネサンスからバロック・バレー(ベル・ダンス)がどのように形成されたのかをクリスティーヌは探っているわけである。

で、このメルレゾンのバレーの再クリエーションを見た感想だが、スペクタクルとしては見応えがあるし、クリスティーヌの個性も発揮されていて楽しいが、ルイ13世のバレーの本格的な再現を期待している人には違和感があるかもしれない。

私は彼ら9人のうち7人と実際に踊ったことがあるし、あまりにも近い位置にいるので、どの程度客観的に見ることができるのかも疑問だ。

しかし、この上映会の後しばらくして、シャルパンティエの『ダヴィッドとジョナタス』をオペラ・コミックに観に行った時、メルレゾンのバレーとシャルパンティエを隔てる半世紀を俯瞰した気分になって、さらに半世紀後に現れるラモーやミオンのオペラがより立体的により必然的に見えてきた。

その意味では貴重なミッシングリンクの発見かもしれない。

『ダヴィッドとジョナタス』については次回に。
by mariastella | 2013-02-01 03:10 | 踊り
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

by mariastella
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