癌研(Institut de cancérologie Gustave-Roussy)でのコンサート
パリの南の郊外Villejuifにヨーロッパ最大規模で国際的に有名な癌研ギュスターヴ・ルシィ研究所というところがある。
一つの町のように巨大な総合病院であり研究施設なのだが、そこの各科の外来診察の待合室を周りにずらりと配した広い廊下に囲まれた下が吹き抜けの中になっているplateau de consultationというユニークな場所がある。 ここで、先日、こういうプログラムのコンサートをした。 Programme Lundi 18 février 2013 --Ritournelle « Nitetis » (1741) de Charles-Louis Mion --Mouvement de passacaille « Le pouvoir de l'Amour » (1743) de Joseph Nicolas Pancrace Royer --Chaconne : pièce pour clavecin (1737) de Bernard de Bury --Air pour les genies« Nitetis » (1741) de Charles-Louis Mion --Chaconne : pièce pour clavecin (1756) de Jacques Duphly -- la flatteuse : pièce pour clavecin (1747) de Luc Marchand --Passacaille « Nitetis » (1741) de Charles-Louis Mion --Air pour les suivantes de Bacchus et Pomone « L’Année galante »(1747) de Charles-Louis Mion Trio Nitetis (guitares) Mireille GERARD/Setsuko TAKESHITA/ Hakim MIOUDI Constitué de 3 guitaristes, le Trio Nitetis a choisi la musique instrumentale française du XVIlI siècle. Il se consacre à la musique de danse de cette époque qui cherchait les sensations du corps dansant dans le rythme, le phrasé et l'expression musicale. Depuis 1994, ses recherches l'ont amené à la Bibliothèque de l'Opera de Paris, à la recherche de la gestuelle, la danse ainsi qu'à la pratique d'instruments baroques. le Trio Nitetis à collaboré avec des danseurs au cours de concert-conférences en France et au Japon. http://www.trionitetis.com trionitetis@gmail.com l'installation conçu par Koji Moroï http://www.kojimoroi.com 明るく広々として、中庭だけを見ているとリゾートホテルにいるような気分になりかねない場所だが、当然、無言のストレスが充満している。 患者も患者の家族も職員も、みながストレスを抱えているだろう。 ここにはグランドピアノがあって、水曜日の午後に短いコンサートがあり、チェロやヴァイオリンとのデュオもある。 今回の私たちのコンサートについても、絶対に40分を超えないでくれと言われていた。 ところが、終わった後、もっと弾いてくれと言われた。 実は、「病院にピアノ」をという画期的な試みは、その度にいろいろな批判にさらさられていたらしい。 コンサート中に何度も各部署からのクレームがつくこともあったそうだ。 なんとなく分かる。 ピアノのコンサートというのは、その気になって聴きに行った人でないと、結構アグレッシヴなものなのだ。特に心身の弱っている人には、その音を受け止めることができない。 隣人のピアノの音が原因で時には殺人にまで至るほどにさまざまな問題が生ずることがあることは知られている。 ピアノの音は、その技術と関係なく、受けとめる方に一定の耐性を要求するのだ。 もちろん、医師や職員や入院患者のうちには、毎水曜日にわざわざこの場所に移動して、たとえ十分でも音楽を聴くことで癒されるという人がいる。 その意義は小さくない。 けれども、診察室で自分の番を待つ多くの患者の心は、時として何も受けつけない。 ピアノが奏でる音楽の自己充足性、確かさ、十全さ、幸福感そのものを全否定したくなる人もいるのだ。 で、ギター22弦にアレンジしたルイ15世時代のダンス曲。 特に長調から短調に移ってまた長調に戻る長い旅のようなシャコンヌ。 私たちの楽器のカスタマイズの仕方や構成の仕方で音の濁りが少なくなっている。 待合室から出てくる人は少なかった。 みな、外に出ている間に自分の名を呼ばれるのが心配だったからだ。 でも、待合室の中で、自然に手でリズムをとっていた人がいた。診察の順番が来たら呼びに行くからと言って奥さんを聴きに行かせた夫もいた。ソフォロジーや痛みの緩和ケアに使ってほしいという人もいた。 ダンサーの体の動きを誘導するロジックを組み入れたフランスのバロック音楽が心身音楽であって、音楽療法に有効だというのは前から気づいていたし、自分自身も癒されていたけれど、ギターの音色そのものに癒し効果があるというのに、今回改めて気づかされた。 トリオのメンバーの一人は親しい友人を癌で失くした時に末期の苦しみを見た経験があって、この癌研で弾くこと自体にトラウマが刺激されるのではないかと恐れていた。 けれども、その場に確かにあったはずのストレスは、私たちにこの音楽でみんなが楽になりますように、という気持ちを自然に抱かせた。 私自身、いつのまにか、「みんなが治りますように」と唱えながら弾いていた。 企画した時は、そんなに情緒的であったわけではない。興味深い体験になるだろうと思っただけだった。 考えてみるとどんなコンサートでも、客席側にいる人よりもステージで弾く側の方が圧倒的にストレスもあるしプレッシャーもある。コンサートに来ようか、と足を運ぶような人々は、その時の心理状態がすでにポジティヴである。 私たちはそれに応え、拮抗しなくてはならない。 けれど午後の癌研のこの場所を通過する人たちの心理状態はほとんどネガティヴなものだ。 そのネガティヴさがむしろ私たちのエネルギーを引き出した。 プレッシャーの反対だ。 ネガティヴさはアグレッシヴではなく、ぽっかり空いた穴のように音楽を待っていた。 ピアノの音には自らその穴をふさいで侵入をはばんだ心が、ギターの音がいつの間にか浸みいるのは受け入れてくれた。 誰からもクレームがなかった。 私たちはピアノのステージには椅子をのせるスペースがなかったので、ピアノのステージの上には、去年から私たちの音楽とのコラボレーションに取り組んでくれている師井公二さんのインスタレーションを配した。 その繊細でキラキラしたイメージにはやはり挑発的なものはない。 インスタレーションとのコラボの話を最初に聞いた担当者は、はじめは懸念していた。現代アートのインスタレーションといえばインパクトのありすぎるものを想像したらしい。 今の世の中、家族、親戚、友人、知人で癌で亡くなった方や闘病された方がいない人などだれもいない。 大規模な癌研に来ると誰でもいろいろな思いが交錯する。 しかし、すべての思いは音楽によって「美に変えることが可能だ」と私たちは信じているし、フランス・バロック音楽の心身科学的普遍性に感謝する。 BURYのチェンバロ曲のシャコンヌは華やかで、当時17歳だった天才の若さに満ち溢れている。 そのBURYがたったひとつ残したらしいオペラにもシャコンヌがある。壮年となった彼の成熟が加わって深みが加わった。これはオーケストラ曲なのでチェンバロ曲とは雰囲気も違う。録音などはもちろんないが、オリジナル楽譜を検索できる。 次はこのシャコンヌと、BoismortierのDaphnisのシャコンヌとをプログラムに入れたい。 シャコンヌは切れ目なく風景が変化するので弾いている方はかなり消耗して、次に小曲を入れて自分たち自身を癒しているのだが、本当に疲れている人や傷ついている人が癒されるには、少しずつ浸み渡りながらじわじわ広がっていつの間にか別世界に連れて行ってくれる「長さ」が必要だということが実感として分かった。 体力作りに励むしかない。
by mariastella
| 2013-02-22 00:23
| 音楽
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