3/27、新教皇は、ヴァティカン宮の教皇用住居には住まないことを発表した。
コンクラーベの時と同様に、枢機卿たちと共にサンタ・マルタの宿舎にとどまるそうだ。
ブエノス・アイレスでも豪華な大司教館には住まずに質素な暮らしをしていた。その延長だ。
ブエノスアイレスでは彼の徹底した謙虚さと清貧さはこれからも変わるはずはないと、新法王をよく知る人たちがみな言っていたので、今回の選択も意外ではないかもしれない。
ハバナの枢機卿が、コンクラーベ前の評議会でベルゴリオ(フランシスコ法王)が「福音書に帰れ」という趣旨で発表した内容を明らかにした。
会議の内容は門外不出なのだがこの発表に感動したハバナの枢機卿が新法王の許可を得て、手書き文書を公表したのだ。
ベルゴリオは教会が神学的ナルシシズムの中で自賛、自足で生きていることを批判した。
「教会は自分を中心に置くのをやめて、遠くにいる人々に福音を伝えるために出会いに行くことなしには真のキリスト教会ではない」
というベルゴリオの正論は、ヴァティカンの改革や教義の問題、世界情勢、国際政治などのテーマから隔絶していただけに、枢機卿たちの心を動かしたそうだ。
そんなフランシスコ法王のプロフィールは、
好きな本 : ヘルダーリンの詩、ドフトエフスキー
好きな映画 : バベットの晩餐会(厳格なピューリタンたちに自由と幸福がはじけていくところ)
好きな音楽 : タンゴ、特にミロンガ。イタリア人の両親からはベルカントのオペラ趣味も受け継いだ。
好きな絵 :
シャガールの白い磔刑像(静謐で希望を感じさせるから)
好きなサッカーチーム : サン・ロレンツォのファンクラブのメンバー
好きな聖人 : 聖ヨセフ、聖フランチェスコ、リジューの聖女テレーズ(「悲しそうな聖人はかわいそうな聖人よ」というテレーズの言葉をしばしば引用)
ある日カテドラルで赤ん坊連れのカップルに話しかけ、そのカップルが子供にまだ洗礼を受けさせていないが受けさせるつもりだということを知った。「じゃあ、すぐに」と言って未来の教皇は子供に洗礼を授けた。もちろん普通はそれなりのいろいろな手続きが必要なのだが、このシンプルさが彼の持ち味らしい。
(以上Figaro magazine 22mars 2013より)
私は、フランシスコ法王がヴァティカン宮に住まないと聞いた時、ピウス七世のことを思い浮かべた。
ローマにいながらヴァティカン宮に住まない法王は、フランシスコの前はピウス七世にまでさかのぼるからだ。
ピウス七世はクイリナ―レ宮(丘の上にあるので夏の別荘としては使われていた。今はイタリアの大統領官邸)で暮らし、亡くなったのだ。
といっても、生前はナポレオンに妥協しなかったので捕えられ、数年間もフォンテーヌブローに幽閉されるなどの辛酸をなめた。
フランスに散々な目にあったピウス七世の次にフランスに足を踏み入れたローマ法王は、20世紀のヨハネ=パウロ2世までいなかったくらいだから、アヴィニヨン時代の確執を抜きにしても、現代にフランス人の教皇というものが考えられないと言われる理由も想像がつく。
ピウス七世は今列福調査の対象となっているのでその波乱に富んだ事績が次々と明らかになっている。
ナポレオンの台頭と征服、失脚とヨーロッパの再編成という激動の時代にあって絶対に自分の原則を曲げず、信念を貫いたピウス七世と、混迷の21世紀にあるフランシスコ法王は、どこか、重なるところがある。