橋下発言とジャンヌ・ダルク
大阪市の市長が従軍慰安婦は「必要」だった、という発言をしたために日本が攻撃されているというニュースはフランスでもかなり取り上げられた。
ル・モンド紙の特派員はちゃんと「軍隊のための売春は多少なりとも隠されているが至るところにある現実である。」と前置きして話を始めている。 その後に、「しかし、それと、兵士に売春宿に行くことを推奨したり1945年までアジアにおいて20万人の女性が皇軍によって売春を強要されたことを「必要」だと正当化するのとは一線を画することだが、それが軽々と飛び越えられた…」と続くのだが。 この話で私が反射的に思い浮かべたのは、なぜか、ジャンヌ・ダルクのことだ。 14,5世紀の英仏百年戦争などでは、傭兵も多かったし、兵士たちが、通過する村で食糧などを調達し、略奪、暴行、放火などを繰り返してフランスの国土がひどい状態になったのは事実だろう。 当時のイギリスにはフランスの装飾品や調度品があふれていたというから、フランス軍やブルゴーニュ軍よりは、イギリス軍の方が国に持って帰るために物品を奪うケースが多かったかもしれないが、持って帰れない「戦利品」である女性たちは、何軍にであれ、その場で「消費」されたろう。 それでも、それとは別に、軍についてあるく娼婦たちもいた。「強制連行」されたのではなく、兵士たちの持つ物資や戦利品の分け前をもらうために群がっていたものらしい。もちろん自由意思とかいう問題ではなく、生存戦略の一つの形であった。 で、ジャンヌ・ダルクがその女たちの存在に激昂して追い散らしたという話は有名だ ジャンヌは「神の使い」だと自称して、毎日ミサあずかったり、「神がかり」だったのだから、ジンクスを気にする兵士たちも、ジャンヌの怒りに触れることを本気で恐れて身を慎んだということは考えられる。 しかし、オルレアンを解放した後、ランスで戴冠したシャルル七世は、百年戦争終結のための外交戦へと戦略を切り替えた。 血気にはやる神がかりの少女は重荷になってきた。 パリの北にあるサン・ドニに寄った時に、娼婦たちが兵士の気を惹き、ジャンヌは彼女らを威嚇するために剣の腹でその一人の背を打ったら、剣が二つに折れてしまった。 その剣は伝説の剣(6月半ばに白水社からようやく刊行される『戦士ジャンヌ・ダルクの炎上と復活』の中でもこの「シャルル・マルテルの剣」についても書いた)だったので、これを不吉に思ったシャルル七世はその剣をサン・ドニの聖堂に奉献してしまうようにジャンヌに勧めた。この事件以来、ジャンヌのカリスマは減退したとも言われる。 この話について、そもそもその時点でジャンヌの権威を失墜させるためにシャルル七世がその機会を利用したのだという人もいれば、「神剣」の行方が分からないことを説明するために後世に組み立てられたストーリーだという人もいる。 剣というのは甲冑を叩くぐらいでは折れないようにできているはずだから、それが折れたということは娼婦の背中にすごい衝撃があったはずで、その後で死んだのではないか、だとすると、ジャンヌ・ダルクが実際は自分では一人も殺していないというのは間違いだということになる。 剣はシンボルとして身につけていただけで決して抜くことはなく、戦場では旗を掲げたりマルタンと呼んでいた棍棒を使ったりしたという話が事実なら、たかが女たちを追い払うために聖なる剣を抜くなどは妙なことにも思える。 しかも、この時、ジャンヌは、騎馬であり、逃げ回る女を追いかけて剣で叩いたというのだから、かなり危険な動作だと言える。 兵士の方を諌めればいいのに。 まあ、聖なる使命を死守するためにはそれぐらいの一途な行動にはしることなど、彼女にとっては当然なのかもしれない。 ジャンヌをめぐるさまざまな「ジャンヌの秘密」的な陰謀サイトには、その時、娼婦たちの一人がジャンヌに何か決定的なことを口にしたのでジャンヌが「切れた」のだという説を展開する人もいる(なんだかサッカーのワールド・カップの決勝でイタリア選手に挑発されて頭突きをしてしまって退場したジダンみたいだ。で、その決定的なことというのは、兵士たちには思いもつかなかったが娼婦たちが見ればそれと分かるジャンヌの妊娠だったというのが陰謀サイトの説なのだ)。 でもこのジャンヌ・ダルクのことを、「自分たちは安全圏にいて性産業を一方的に弾劾するイタいオバサン」というような安易な言葉の揶揄などと重ねて語ったりしてはいけない。 ジャンヌは自分自身が生きるか死ぬかの戦場に立っていた。 もし、ジャンヌと共に戦っていた男たちの中に 「自分たち猛者は性エネルギーをコントロールするために戦場でも女が《必要》なんだぜー」 などとうそぶくやつがいたとしたら、剣の腹で叩かれるどころか、串刺しにされていたかもしれないな。
by mariastella
| 2013-05-19 04:18
| ジャンヌ・ダルク
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