デザイナーのカール・ラガーフェルドが、「まだ人間と動物の結婚はない。でも自分が猫に恋するなんて思いもしなかった」、と語ったことが
あちこちで記事になっている。
フランスの「同性婚」成立にまつわる騒ぎにかけたユーモラスなエピソードとして受け入れられているのだが…
「カイザー(帝王)」とも呼ばれるファッション界の重鎮のラガーフェルドは友人からあずかった白毛長毛碧眼のバーマンの雌に恋して、返さずにそのまま飼うことにした。
そのシューペットちゃんには今や2人の専属のアシスタントがついていて、ラガーフェルドが旅行で留守にする時は一時間に一枚の現状報告写真を送ってもらっているそうだ。
シューペットTwitterちゃんの名でfacebookやtwitter (27200人がフォロー) もある。まだ2歳くらいだ。
写真を見ると確かにすごくかわいいし、猫好きとして自分の猫に耽溺する気持ちもある程度分かるのだけれど、この人の場合はなんとなく、自分のエゴやナルシシズムの中にシューペットちゃんも「モノ」化して「所有」している気がする。
ピカソの孫娘Marina Picassoが「ピカソは女たちや子供たちを自分の天才で押しつぶした、彼の周りではすべてがモノ化するのだ」と言っていたのを思い出した。それはピカソ症候群というのだそうだ。
猫と「結婚したい」とか「恋している」とかいうと人間同士のように対等に見ているかの印象を受けるかもしれないが、本物の人間に恋してもモノとして所有して道具にしたり放置したり捨てたりするエゴの怪物も存在するのだから、ラガフェルドの「愛情告白」にもなんとなく違和感を感じる。
「猫好き」って、どんなにボロボロの猫にでも情緒をかきたてられるものだ。
そして、猫という動物の、人間に「モノ化」されることを拒否するというその特性そのものを、称賛せざるをえないものである。