ヨーロッパ中心史観に依拠すると、20世紀は75年しかなかった。
ここでいうヨーロッパ中心史観とは別に世界の中心がヨーロッパだという尊大な意味でなく、ヨーロッパからみた世界史という意味だ。それは決して看過できない。
その75年とは1914年から1989 年である。
つまり、第一次大戦がはじまってからベルリンの壁が崩壊するまで。
来年が第一次大戦の始まりの100周年なので、このところいろいろなメディアでさまざまな特集が出始めているし、関連書籍も出てきた。
それで始めて、私にも、第一次大戦の大きな意味が分かり始めた。
それまではなんとなく、第一次大戦は第二次大戦によって「上書き」されてしまったような印象があったのだ。
第一次大戦の終戦記念日が来る毎に、元軍人やその遺族の生存者が年々減っていき、ついにゼロになっていくのをぼーっと眺めていた。
しかし、第一次大戦は、第二次大戦よりも決定的な精神の変革をヨーロッパにもたらしていたのだ。
フランスに40年近く住んでいて、2014年を迎えようとする今、はじめてそれが分かった。
少しずつだがこれからそれについて書いていこうと思う。
この第一次大戦に始まってベルリンの壁崩壊で終わるヨーロッパの20世紀がヨーロッパにもたらしたものは、まさにそれまでのヨーロッパ的普遍主義の終焉の自覚だった。第一次大戦とそれが必然的に内包していて再び炸裂した第二次大戦のせいで、ヨーロッパは、自分たちの価値観について自問することを覚えた。
アメリカは自問しないですんだ。
それが欧と米の一番の違いだ。
第二次大戦後の日本は「自問しないアメリカ」にぴったりくっつくことで「自問しない」復興を選んだ。
その思考停止の半世紀に私は生まれて育った。
「自問し続ける」ヨーロッパのカルチャーに出会って、冷戦以降のグローバルな世界に問いを投げかけ続けたが、今ようやくその問いのルーツであり、何も答えは出ていない「第一次大戦で起こったこと」に目を開かれようとしている。
いったい、何が起こったのだろう。(この項、不定期更新します)