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L'art de croire             竹下節子ブログ

ヴェルサイユのオペラ・ロワイヤルでラモーを聴く

2/13にベルサイユ宮殿の王立オペラにラモー年の幕開けとなるオペラ・バレエ『イーメンとアムールの宴―エジプトの神々』のコンサート・バージョンをトリオのメンバーと一緒に観に行った。

私たちにとってすごく意味のある演目だ。1776年以来上演されていないので、238年ぶりの再上演ということになる。

第二場のメンフィスの場面は、ミオンのニテティスにインスパイアを受けて創られたという。台本作者のカユザックもラモーもミオンも当時すっかり社交場となっていた感のある薔薇十字テイストのフリーメイソンであったのだろうと思う。

ミオンのニテティスが1741年に上演された時、抒情悲劇と呼ばれる長大なオペラの人気はすでに下火だった。で、この1747年の皇太子の再婚を祝う祝典のために創られて演じられたのがミオンのオペラ・バレーでありラモーのこの作品だった(すでに『エジプトの神々』のタイトルで3幕物が完成していたのをこの祝典の閉めるくくりに使うために「ヒーメンとアムール」のプロローグを付け加えて上演されたのでこう呼ばれるようになった)。

この時、指揮したのは誰だろう、ミオンとラモーは同席していて話をしたりしたのだろうか。決して不思議ではない光景なのに、今まで想像したことがなかったのでどきどきしてしまう。

もうこの時点で、長大なストーリーよりも一幕ごとに別の話が展開するバレー中心のオペラになっていたということは、今の時代と同じで、聴衆の側にザッピングの習慣が生まれ、イージー・リスニング化が起きつつあったということだ。それでもこの後にラモーは『ゾロアストル』や『ボレアード』などのオペラを作曲したのだから、彼にとって基本的に流行などどうでもよかったということが分かる。しかも、イージー・リスニングだからと言って、彼の作曲法には何の妥協もないので、リズム的にもハーモニー的にも演奏が非常に難しい。ラモーがなかなか再演されなかった理由はそれに尽きる。

で、2/13 の、コンサート・スピリチュエルとエルヴェ・ニッケ指揮の演奏だが、はっきり言って「ラモー以前」だった。つまりこの難しい曲をなんとかまとめて最初から最後まで通して演奏できたという時点で終わっているのだが、ラモーはそこからやっと始まるのだ。

エルヴェ・ニッケはなんとレシタティフの間にも指揮の手を機械的に大きく振っていて、フランス・バロックのレシタティフにおけるデクラマシオンとオーケストラの関係をまったく無視している。

バレエに入る時も、バレエが終わる時も、のっぺりとひとつながりだし、踊り手の登場やステップをまったく感じさせないで「さっさとすませる」という感じの演奏。音色の工夫もなければ、長調と短調が交互に来るメヌエットやパスピエやコントルダンスやシャコンヌの内部の変化にまったく配慮がない。

カユザックは興味あるバロック・バレエ論を残していて、オペラの中でのバレエというのは、決して筋を中断するお休みタイムではなく、言葉で歌われる世界と音の世界の中間に別世界を可視化させる境界領域を出現させる「憑依の場」であると言っている。

今思えば、クラシックバレーでは途中でソロのヴァリエーションがあったり、終わりのバレーコンサートでキャラクター・バレーがあったりする時に、踊りが終わると音楽が一時ストップして拍手があり、それから次のダンサーのエントリーなどという場面がよくある。

あれはひょっとして、オペラ・バレーでもあったのではないだろうか。それが継承されたのではないだろうか。

18世紀以降はバレエのテクニックも技巧的になっていた。さまざまな妖精だの神だのアレゴリーの人物像が躍る時、その前と後には十分思い入れや賞賛の「間合い」があったのかもしれない。歌舞伎でいえば「にらみ」のようなストップモーションの瞬間だ。

レシタティフやアリアのつなぎに動員されるひとつながりのやっつけ仕事のようにダンス曲が扱われるのは完全に間違っている。

確かに17世紀後半のバレエ音楽は、バレエのステップを支えるものであり、18世紀になってロワイエなどなかなか素晴らしいオペラを作曲した人も、バレエの部分になると急に「お約束」の薄っぺらな曲しか挿入しなかった。

だから、前のブログでそのことを、「『ピリュス』のダンス曲は、ドラマティックなレシタティフとレシタティフとの間に挿入される形式だけの「つなぎ」のような平面的なものだ。そこの部分だけ、別の作曲家のダンス曲を再利用したとしても困らない程度のものである。」と書いたことがある。

しかし、ラモーのダンス曲は、「つなぎ」や「つまみ」ではなくて、まさに「メインディッシュ」である。

エルヴェ・ニッケはダンスのことを何も分かっていない。いやどこかのインタビューで「ラモーにはいらいらさせられる」などと答えていたくらいで、プロデュース力があり売るのもうまい人だけれど、こんな人にラモーを振ってほしくなかった。

本来なら、リズム通りに音をきれいに並べた後で、その構造の「理解」のためにひたすら頭を使って掘り下げなければいけない。フレージングも何重にも重なる時があり、それは拍子、和声進行、音のインターヴァル、対応するバレーのステップなどいろいろな要素がからんでいるからだ。

「心を込める」とか言うのとは対極にあるほぼマニアックな世界である。それだけのマニアックな濃密な構造を軽々と無邪気で透明に展開してみせてイージー・リスニングさえ可能にするラモーはやはり天才だ。

ニッケに比べたらウィリアム・クリスティなどはアングロ・サクソン特有の一種の律義さがあって、よく研究しているのが伝わるけれど、それでも、前の記事に書いたように、「プロローグを時系列に並べて三幕目の後に配したのは悪くないと思うが、各幕の最後に挿入されるダンス曲をまるで付録のように扱うのには失望した。クリスティと演出家がシャルパンティエのオペラで、せっかくの人間ドラマのサスペンスや緊張感を維持するために、幕間にバレエを入れるのをやめてドラマをさらに深めるパントマイムにすることにしたそうだ。」ということがあったように、一番本質的なところが甘い。

最近気に入ったのはエマニュエル・ハイムの振ったシャルパンティエの『メデア』http://spinou.exblog.jp/18592455/ だった。そうなると、ダンス曲を「理解」するにはやはり頭だけではなくて肉体的な感性も必要だということかもしれない。

2/22にパリの日本文化会館に、セルリアンタワー能楽堂であったという『オペラ@能楽堂Vol.1 アクテオン/リヴィエッタとトラコッロ』~能・狂言の様式でバロックオペラを~』というのがやってくるので、トリオで観に行くことになっている。

「聴けばオペラ、観れば能・狂言」とか「ヨーロッパと日本で16世紀末から17世紀にかけて、ほぼ同時期に発展してきたバロックオペラと能楽。双方とも宮廷や大名などの保護のもとで発展してきた 文化で、多くの類似点を見付けることができます。その類似点をうまく融合し、新しい形のオペラを作り出していこうという試みです。」というキャッチ・コピーには何か心配なところもあるけれど、単に「珍しい組み合わせ」というのでない予感もする。

私たちのトリオはミオンのオペラ・バレエの一曲をヨネヤマママコさんのマイムと一緒にとある能舞台で演じたことがあるのだけれど、ママコさんはまさに「シャーマン」なので、何の違和感もなかったのを覚えている。

あれから10年以上経ち、私たちの研究はますます深まっているので、今度は本当にお能の人とのコラボもできないだろうかと考えているくらいだ。バロック・バレーのダンサーとコラボするには、まず振付譜が残っていないのでクリエートするか別の曲の振付を転用するしかない。この時、「型」だけを職人的に再現するダンサーと組むと、それこそ「伝統芸能」保存会です、みたいになってしまう。

「古楽」という特殊な世界を愛でる人の自己満足になりかねない。

難しいところだ。
by mariastella | 2014-02-15 09:29 | 音楽
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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