ドゥブロヴニクで思いがけなかった拾いものは、フランシスコ会の素晴らしい教会でのコンサートだ。
もうサマー・フェスティヴァルのシーズンは終わるころだと思っていたのだが、8/26からドゥブロヴニク・シンフォニー・オーケストラ主体(これにザグレブ・フィルハーモニーも加わる)のインタナショナル・レイト・サマー・ドゥブロヴニク音楽祭というのが始まり、そのオープニング・コンサートを予約できた。
指揮者はオーストリア人クリストフ・カンペストリニでプログラムはブルッフのヴァイオリン協奏曲ト短調と、モーツアルトのレクイエムだった。
バロック教会でバロック耳の私がロマン派ばりばりのブルッフを楽しめるかなあと心配していたけれど、なんといってもモーツアルトのレクイエムが続くからいいや、と思っていた。
ところがソリストのイスカンダル・ウィジャーヤという若いヴァイオリニストがすごくよくて、すっかり魅せられてしまった。
客席と近く、すべての動作がよく見えて、個人のパフォーマンス度が半端ではない。
ベルリン生まれの26歳でインドネシア系のハーフなのか、繊細でかわいらしく、「ヴァイオリン王子」と言われて大人気というのもよく分かる。
指揮者をはじめオーケストラの奏者たちが彼を見る眼がやさしく、「自慢の息子」みたいな感じで家庭的な一体感さえあった。
そしてその「息子」は、全然甘えたところがなくて、「一軍の将」のように自信満々で戦闘的で、自分が弾かないでオーケストラのみのパートになると、キッと唇を結んで、汗に濡れた長髪を払いながらみんなを見まわして、
「よし、お前たちの番だ、やれ!」
みたいな態度になる。
ブルッフのこの曲はそんな彼を盛り立てるような構成だから、「眼福」も加わって聴衆というより観客が夢中になる。
そんなに大きくない聖堂の限られた席(150席くらいだろうか)なので、ステージや座席の傾斜もないから一体感があって楽しい。
モーツアルトはもちろんこういう場所にぴったりなので堪能できた。
次の日は別の場所でザグレブの室内楽でやはりモーツアルトなどがあったのだが、私はスポンザ宮殿の中庭であったピアノ、ヴァイオリン、ソプラノ、ホルンなどの組み合わせにバレエのソリストまで出てくるコンサートの方を選んだ。
スラブの曲がメインだったことと、場所がユニークだからだ。
こちらはインターナショナルとは反対の超ローカルで、レベルは高いが、地元の名士らしい人の挨拶やらピアニストが各曲の前につける長いコメントやらのせいで少し散漫になった。もちろん言葉が分かれば興味深いものだろうけれど、プログラムも含めて、曲名や作曲者名以外は全然理解できない。
終わりにカクテルパーティもあり、みんな関係者という感じだった。
カリンカ風のスラブ曲のアンコールにみなが手拍子をするなど、「地元感」にあふれていて、地中海風の海洋文化という雰囲気との混交が楽しい。
チャイコフスキーの曲にあしらわれたバレエは、奥行きがほとんどなしで、左右に動くだけで、ジャンプや回転は最小限、ほとんど腕の動きだけ(ここもステージがないので、後ろの方からそもそも脚は見えない)なのだけれど、動きがあるだけで贅沢感があって、効果満点、サービス精神が感じられる。
演奏や歌のレベルは高くて、ザグレブもそうだけど、クロアチアの音楽レベルは優れているとあらためて思った。「語り」が多いコンサートだったので、言葉が理解できなかった分、音楽やダンスという非言語的アートの良さを楽しめた。
でも、私が全体としていつも東欧の音楽家に感じてしまう哀しみみたいなのは何だろう。
イスカンダル君にはまったくそれがない。
ユニヴァーサリズムの持つ傲慢というのを彼は身にまとっていて、その傲慢さでロマン派音楽を力づくで制するところが魅力的なんだけれどね。