51年ぶりにアメリカとキューバがついに歩み寄る、というニュース。
「キューバ危機の時はオバマ大統領はまだゆりかごの中にいた」という言葉に時の流れを思う。
アメリカによる経済封鎖は国連によって23回も非難されているのだから(イスラエルのパレスティナ政策と同様)、いかに国連に力がないかという証明みたいな年月だったが、フィデル・カストロが本格的に年をとったこともあって新しい時代が来そうだ。
キューバというとカストロにゲバラ、と革命の勝利、というイメージが昔はあったのに、いつのまにか、今時の一党独裁、インターネットの接続が5%以下、言論統制、のようなカストロ独裁の悪者国家のような刷り込みができてしまった。
マイケル・ムーアの映画のように、その一党独裁の社会主義国家ならではの医療の充実と無償性を知らしめる情報もあり、実際キューバの医師団が世界中に派遣されて活躍していることは知られているし、サルサなどラテンダンスの明るいイメージも少しあるが、アメリカのプロパガンダのせいでネガティヴな方が大きかった。
私は藤永茂さんのブログの愛読者なので、アメリカのひどさも刷り込まれているのだが、公平に見ると、アメリカの「弱い者いじめ」的な経済封鎖のおかげで、キューバ自身も、政策上のすべての不都合をこれまで「経済封鎖のせい」、「悪の根源アメリカ」に帰することができてきた、という面もある。
今朝のラジオで、ラウル・カストロと同級生だったキューバ出身のフランス作家で映画監督でもあるエドゥアルド・マネ(Eduardo Manet)が話しているのを聞いた。
彼は68年に完全にキューバと決別し、フランスに半世紀近くいてフランス人になっているのだが、
「私はキューバを離れたが、キューバは私から離れない」
と言っていた。
「フランスは私の愛(アムール)でありキューバは私の十字架である」
とも。
こういう時、
共産主義革命に親和性の高かった68年5月革命のフランスに本格的に同化(その前からフランスで活動していたらしいが)したこと、
スペイン語とフランス語のラテン系の言語の近さ、
カトリックのルーツ
なども大いに関係しているだろう。
「私はキューバを離れたが、キューバは私から離れない」
という言葉は、なんだか「無神論者」の言葉のようでもある。
社会主義国家キューバもキリスト教を離れようとしたが、カトリック的心性はキューバを離れなかった、
とか、
ある人が「神の代理人」としての教会権威からは離れても、自分の心の中に宿る「聖なるもの」は出て行ってくれない、
というような。
ロシアの経済封鎖はどうなるのだろう。
ロシアはヨーロッパ依存を捨てて中国、インド、メキシコなどとの経済関係を深めようとしているので、最終的にはグローバル化がもっと進む世の中になるのかもしれないが、世界が理念なしの「功利主義」という一党独裁のようになってしまうような気がする。
金権政治による文字通りの「金」縛りの封鎖から世界が解き放たれる日は来るのだろうか。
それともいつか来るのはこのようなシステムのグローバルな破綻や崩壊なのだろうか。