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L'art de croire             竹下節子ブログ

パリのテロ事件について  その8

テロから一週間過ぎた。

日曜のナルシシスティックなデモの心理療法的効用と

それを最大限に安上がりに利用したコストパフォーマンスの高かったお得な政治劇も終わり、

シャルリー・エブドが五百万部(これまでのフランスの新聞の最大部数はドゴールの死の後の220万部だそうだ)でることで、「表現の自由」原理主義たちにとっても割の合う一週間となった。

ヴァルス首相はブッシュ並にフランスを守る、テロリストを許さない、と鼻息を荒くしているが、一方ではフランスらしい多様な意見が出始めている。

私はこのブログではこれで打ち切って、遅れた仕事にかかるつもりだが、この件について、「フランスの政教分離」とカトリックについて、まともな記事をそのうち公表するつもりである。

少しだけ触れておこう。

今のヨーロッパ内部でのイスラム過激派によるテロについて考える時に、

「ヴァイオレンスの責任が一神教にある」とか
「イスラム過激派のジハードとカトリックの異端審問は同じ」

などという単純な言説はもちろん間違っている。

日本から見て「白人の価値観至上主義」などと言うのも間違っている。

白人の価値観ではなくて、キリスト教の価値観と言う方がかなり真実に近いのだが、問題はキリスト教徒も含めて彼ら自身が絶対にそう言わないところだ。

啓蒙時代のユニヴァーサリズムから「キリスト教」の含意をすべてとりのぞいたものが「西洋近代の民主主義や自由平等主義」だからだ。

特に、世界でも一つと言われるフランス型の政教分離(ライシテ)はすべてカトリックの聖職たちが形成してきたと言っていい。

そのことをカトリック自身もほぼ絶対に言わないし、政治家はもちろん無視している。

なぜカトリックの聖職者たちがライシテを作ったかと言うと、

1.無神論者や反教権主義(ローマ・カトリックを認めない)者たちには、政教分離を考える必要がなかった。カトリックを追放したり迫害したり財産を没収するだけで事足りるからだ。

2.サヴァイヴァルをかけて新しい社会の「環境設定」をするのはカトリック側の使命となった。

3.カトリックにはそれまでの知識や哲学や教養などの膨大な文化資産があった。

4.啓蒙の時代以降のカトリックの聖職者たちは啓蒙思想の中に本来のキリスト教のメッセージを読み取った。

5.彼らは独身である。 仕事へのモティヴェーションが高い人が、日銭を稼ぐ心配、家族の心配、老後の心配、財産形成や管理の心配などがない時、その生産性は高くなり、仕事の質も当然高くなる。

こうして彼らは自ら政教分離の空間を「発明」して、その下で生きる社会を形成した。

このことを誰も言わない。

その内容についてはここではくわしくは書かない。

ひとつだけ書いておくと、

「神が支配者でありすべてを決める」という姿勢と、

「神も主人も倒せ、人はそれぞれ個人の欲望を持つ相対的存在である」

という立場はどちらもカトリック的ではない。

トマス・アクィナスが言ったように「神は人に責任ある存在としての尊厳を与えた」。

「自由意志」と言うやつで、人は神と共に自分たちの生き方を絶えずオーガナイズする役割を与えられる。
 
しかし、その責任を果たさず神を愛し人を愛するという原則に外れると枠から外される。

それは政治家が失言によって辞職に追い込まれるのと同じだ。
責任には「自制」が要求されるからだ。

それのない社会、「誰でも好きなことを無制限にやったり言ったりする権利がある」と言えば、何が起こるだろう。  

「絶対自由で好きなことをやりなさい」、で、そこで当然起こる衝突を制圧するために重警備社会が登場する。

このことを「世界の監獄化」と評した人がいる。 

「自由世界は監獄の運動場みたいなものだ。
囚人を勝手にふるまわせているが、ぐるりはすべて警護官にびっしり取り巻かれているのだ」と。

自由に冒涜の言辞が飛び交っても軍隊に警護されなくてはならない国では意味がない。

イスラムがフランスで問題になるのは、フランス型の政教分離というコンフィギュレーションがカトリック由来なのでイスラムには合わないからだ。

もう一度政教分離の神学的ルーツにまで戻ってコンフィギュレーションを変更しなくてはならない。

フランス・カトリック型のコンフィギュレーションの中でイスラムが生きるのは不自然だからだ。

フランスのカトリックは政教分離をうまく生きている(自分たちに合わせて作ったのだから当然だ)。

戦後のフランスでカトリックや無神論者や無信仰者がユダヤ人を差別することなど久しくなかった。

差別も区別もなかった。(一部の極右はすぐに社会的に制裁される)

ここ10年ほどの間に公立小学校でユダヤ人の子供たちはムスリムの子供たちに攻撃されるようになった。

公立学校に残るのは今や3分の1で、3分の1がユダヤ人学校に、残りの3分の1がカトリックの学校に通っている。

それでも多くのユダヤ人がフランスを出てイスラエルに移住することを表明している。

その深刻さを、それまで

「僕たちの政教分離は完全に機能しているもんね」

と満足していたフランスの「共和国市民」たちは気づかなかった。

あるいは見て見ぬふりをしてきた。

何となく、

「ルールを破るムスリムは出て行ってもらいましょう、あんたたち、うちのコンフィギュレーションでは機能しないから」

と警戒や忌避の感情を養っていただけだ。

と、なんだかんだ言って結構書いてしまった。

これから少し間をおくつもりです。
by mariastella | 2015-01-15 00:52
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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