フランシスコ教皇がフィリピンからの帰りの飛行機でおもしろいことを言ったので和まされた。
カトリックのファミリーはウサギのように子供を産むと思われているようだがそれは違うというのだ。
メディアもそのことばかりおもしろおかしく伝えたので、教皇の言った他の厳しいことについては全く批判されず、好感度アップで、もしその効果をねらっていたのなら、なかなかの手際だ。
7人の子を帝王切開で生んだ母親が8人目も妊娠しているのを見て、「子供を孤児にするつもりかね」と言った時、その母親が「神さまを信頼していますから」と答えたそうだ。
教皇は
「神は人が責任ある生き方をする手段を与えてくれているのだ」
と言う。、
(こんなジョークを思い出す。洪水で流されそうになった男が神に助けを祈り、救助隊が来ても「いや、神が助けてくれるからけっこうです」と断り、ついに溺れ死んだ。天国に行って、神にどうして祈りを聞きとどけてくれなかったのか」と文句を言ったら神が「だから私が救助隊を送ってやったじゃないか」と答えた、というやつだ)
カトリックは避妊具を使ってはいけないとか中絶手術をしてはいけないとか言っているので、「熱心な信者=子だくさん」というイメージはあるが、子だくさんがいいとは言っていない。結婚というものは命の誕生の扉を開くものだとは言っても、子供をつくれ、とか、つくり続けろなどとは言わない。
それでも、ローマ法王の謁見の時に15人の子供のいるスペイン人ファミリーが一番前に並ばされた例があるらしいので、内部でも「敬虔な信者=子だくさん」の錯覚があるようだ。
カトリックの解釈では聖母マリアは永遠の処女であり、イエスの他に子供を産んでいないのだから、「聖家族」は子だくさん家庭のイメージの正反対であるのも皮肉だ。
それでも「ウサギのように」という表現に怒り狂った子だくさんのカトリック信者の投稿がフランス語のウェブ上を飛び交った。
「ウサギ」は「多産」だというだけではなく「いつも交尾している」という比喩にも通じるからだそうだ。
教皇は「多産」がよくないと言ったのではなく、子供をただ産むだけではなくきちんと育てる健康や環境の条件をよく吟味してから生むべきだと言ったのだけれど、この言葉を聞いた後では、
「子供を7人も8人も連れて教会に通うファミリーを見かけたら今度から絶対にウサギを連想しそうだ」
と言う人もいる。
この前のカリカチュアのテロではないが、「表現」の力は時として大きく、理性と関係なく偏見の種にもなるし、本来の意図に関わらず「傷つけられた」と感じる人も出てくるということだろう。
でもこの教皇のシンプルな「健全さ」は、カトリック以外にもますます信頼感を広めているようで、アメリカとキューバの雪解けもそうだったが、これからも宗教間対話も含めていろいろ期待したいところである。
追記: パリのテロの後の日曜日、「共和国行進」のパリで200万とも言われる参加者数について『シャルリー・エブド』の次の号が
「(その日の)ミサに行った人よりも多くの人出」
と形容していたのが笑えたのだが、その後のフィリピンの野外ミサでは参加者600万人の記録が出たそうで(これまでの最大はやはりマニラでのJP2の400万人台だとかいう)、すごいなあ、とあらためて思った。
教皇はイスラム国からもイタリアのマフィアからも脅迫されているそうで心配だけど。