E.-E.シュミットの『ピラトの福音書』は前半のイエスとマリアの部分を『オリーヴの夜』、後半のピラトによる遺体消失調査を『ピラトの福音書』と分けて2004年にモンパルナス劇場で上演されたが、その時のDVDを視聴した。
ジャック・ウェベールの力量は天才的だと感心し、彼が一人で様々な証言者の声色を演じ分けるのは、落語の名人芸にも似ていると思った。
この本は、シュミットのキリスト者としてのカミング・アウトとして知られているが、特にピラトのたどった道は彼の「回心」の過程をそのままなぞったかのようだ。
シュミットは無神論の家庭に生まれた無神論者だった。
それはフランスでは、イデオロギーとして頭から信じ込まされるタイプの無神論だ。だから何の疑問もなかったが、後に哲学教師となり、哲学とはすべてに疑いや問いを投げかける学問だから、「無神論」から離れて「神がいるかどうかは分からない」という不可知論者になる。
イデオロギーとしての「無神論」出身だからそこから「出る」時には、すぐ「神の存在、非存在」への問いに直結するわけで、これがヌルい先祖代々のカトリック家庭の出身なら、そういうことを真剣に考えない。日本でお宮参りや初詣でや七五三に行く人が神の存在について特に考えないのと同じだ。
で、その後、砂漠で迷って死にそうな体験の後で、「神」の存在を信じるという、理屈と関係のない神秘体験をして、次にその「正体」を知ろうと世界の宗教の研究を始める。
仏教、スーフィズム、ヒンズー教などだ。ここで身近なキリスト教に向かわなかったのも、キリスト教の蒙昧さを侮蔑している「無神論」出身だったからだ。
もっとも彼は子供の時に公教要理の司祭と接触があり、その人に良い印象を持っていたのだが、いかんせん、その司祭は
「自分がまだ渇いていない時に水を飲ませようとした」
と言う。
すべてのことには「時」があるということである。
で、7年もエキゾティックなものをあれこれ渉猟した後で、ある日、ひと晩で4つの福音書を読んだ。
そのひと晩で、「神の存在」だけでなく「キリストの啓示」も信じることになった。
いわゆる教義は文化や歴史の産物であるが、福音書のキリストの愛のメッセージは全く別の次元の「真」だと思われたのだ。
『ピラトの福音書』の中ではピラトもまだ「信じる」には至らないが、最初のローマ的合理主義や官僚主義にフォーマットされていた立場から不可知論者にまでなってしまった。
使徒たちだってすぐには信じなかったのだから当然だけれど。
西洋的「回心」には、というか西洋的「キリスト教」にはいつもそういう「理性」との兼ね合いが出てくる。
それが、無神論者にしろ信仰者にしろ、「逆方向の信仰告白」を迫ることになる。
それを回避したいのが「不可知論者」であるが、私の生きてきた「戦後日本」というのはそのどれでもなく、信仰と理性の関係には「無関心」という感じだった。
そして、はじめはまだ無神論や不可知論がインテリの証しだったようなフランスでも、あっという間に、「無関心」ではないが「信仰と理性の関係」は封印するというスタンスが確固とし過ぎて、次の世代は単なる「無知」が広がり、商業的迷信(占い、厄払いからカルト宗教まで)が跋扈した。
特に「宗教=キリスト教はもう終わった」と見なされていたので、フランスは、普遍主義を掲げ民族的愛国主義さえ捨てて「恒久平和」のヨーロッパを創ったと思っていた。
はて気がつくと、ヨーロッパ以外の世界は宗教と非宗教が混じり、共存したり、ハイブリッドになったり、対立したり、時には殺し合ったりまでする世界になっていたのだ。さらに気がつくと、フランスの中もその縮図になっていたわけである。
このような時期だから、シュミットのような、神の普遍主義を見失わない良質な「回心」者の証言に耳を傾ける意味が小さくなることはない。