アンリ=ジョルジュ・クルーゾーのQuai des Orfèvres (1947年)をTV(Arte)で見た。
日本のwikipediaで調べたら邦題が「犯罪河岸」となっていたが、これではまるで河岸の通り魔事件みたいだ。
Quai des Orfèvres オルフェーヴル河岸というのは司法警察の本部のあるところで、この映画での取り調べシーンが皆そこが舞台だからだ。
もっとも最初のタイトルはクリスマス・イヴの夜かなんかだったと思う。
原作はベルギーの『正当防衛』という小説で1942年のもの。
それを戦後のパリに移し替えたこの作品は、キャバレー、ミュージック・ホールを舞台から、舞台裏から、楽屋から、客席から、活写している。
すごい。
バックとなるノイズもすごい。
絶えずセリフが大声で聞こえるほどにバックの音楽や喧騒の音量が大きくて疲れるのだが、その前から後ずさりをする代わりについ前のめりになって入り込んでしまう。
限られた舞台であらゆる要素をきっちり計算して配置している職人技は感動的だ。
『恐怖の報酬』を見たことがある人ならこの監督の名人芸は想像できると思う。
歌手の妻ジェニーとその伴奏のピアニストの夫モーリスという組み合わせは
この前の『フェニックス』に似たシチュエーションだ。
しかしこの映画の中のカップルは本当に愛し合っている。
夫モーリスはパリの音楽院の作曲科を優等で卒業したブルジョワでキャバレーの歌手ジェニーとの結婚を家族から猛反対された。額が禿げあがっていてパッとしない男だが、何より、病的な嫉妬がその魅力を半減させている。キャバレーの世界では何となく溶け込まない融通の利かない感じでもある。
でもジェニーは彼を愛していて、夫の幼友達で隣に住む写真家の女友達ドーラにいうセリフが最高だ。
「彼は私の炎よ、燃えているみたいに見えないけれど私を照らしてくれるの」
(Il est ma flamme. il n'a pas l'air de brûler mais il m'éclaire)
日本語で言うといまいちだけれど、この言葉で、彼女が嫉妬深いモーリスの愛の真実をきっちり把握していることが分かる。この一言で、ジェニーが浮気な女芸人などではなく生命力のある知的な人間だと分かる。
このような言葉の前では、ドーラは自分のジェニーへの愛を抑圧せざるを得ない。
ジェニーはドーラがモーリスを少し好きなのかもとくらいに思っている。
そう女友達が寄せるストイックな愛というこの関係も「フェニックス」に出てくるヒロインと女友達の場合とそっくりだ。
で、真の主役は、女にはもてないで旧植民地から養子を連れて来て育てている警視のアントワーヌで、名優ルイ・ジュベ(当時60歳)が演じる。
武骨でやり手だが人情味があり哀愁もあるすべての刑事役のプロトタイプみたいだ。
彼だけがドーラの心を見抜いて、「あんたと俺は女に運がないという点で似たもの同士だ」などという言葉をかけたりする。
メトロの駅の人混みがリアルで、劇場でも警察署でもありとあらゆるところで男も女もタバコを吸っているのが時代を感じさせる。
ディティールに見とれて、サスペンスに引き込まれて、終わり方の意外さと気持ちよさに満足感を得る。
白黒作品なのにものすごく濃い感じがするのも驚きだ。
ぎしぎしぎちぎちと詰め込まれた「こだわり」が深さへと形を変えているのがおもしろい。