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L'art de croire             竹下節子ブログ

成田達輝と萩原麻未のコンサート

先日、Cercle militaire (Cercle National des Armées)での二度目のコンサートに出かけた。

日本の若手ヴァイオリニストとピアニスト成田達輝さんと萩原麻未さんのフレッシュな演奏。

パリで聴くのに、フォーレを別にしてスペイン風味の曲が続く。いわゆる「つかみ」がいいので、聴衆をあっという間に虜にした感じだった。

成田さんの超絶技巧の噂は知っていたけれど、感心したのは、テクニカルに絶妙な瀬戸際でフレンチ・エレガンスを捨てていないところだった。

萩原さんも切れのよさとエレガンスを併せ持っている。

この二人は日本での楽器修業の後でパリで勉強したそうだけれど、そのせいでフレンチ・エレガンスを身につけたのか、あるいはフルートやサックスでもないのに勉強の場としてフランスを選んだという時点でそもそもフランス的感性を持っていたのかもしれない。

クラシック音楽もグローバリゼーションと新自由主義のマーケットに組み込まれる今の時代に、若くて才能ある演奏家が精神の自由やしなやかさを維持して聴衆といっしょに一期一会の音楽を創っていくという伸びしろを常に持ち続けているというのは、猛進型や陶酔型の輩にはできない業だ。

演奏会の後の食事の後、もう真夜中を過ぎた頃に、お二人にサインしてもらった。

成田さんに「パリで弾くのと日本で弾くのは違いますか」と尋ねると、それはもう全然違います、特にここで弾くのは大好きで、聴衆の集中力がすごい、という答えだった。

概してパリのクラシック音楽の聴衆は、よほど大手のメディアが関わっているイヴェントでない限り、日本によくあるような予備知識や先入観をもって聴きに来ない。

演奏家の名を聞いたことがなくても、何歳でもどこの国の出身でも、その日その場所の出会いの中で錬金術のように生成される「共に生きる時間」に満足すれば惜しみなく拍手をくれる。

ささいなミスタッチやらホールの音響まであげつらったり、他の演奏家との比較や同じ演奏家の過去の演奏との比較に薀蓄を傾けたりする人はまずいない。
ある種のコンサートに行くとか著名な演奏家を聴くことを自分のステイタスと結びつける人もいない。

他人の目を気にしないフランス人の個人主義が一番いい形で現れるのがクラシックのコンサートかもしれない。

かといってみんながばらばらに聴くのではなく、楽しさを無邪気に共有する技には長けている。アンコールを求める拍手がすぐ手拍子になるのもフランスの特徴だ。

成田さんが「集中力」と表現したのはそういう前向きの連帯感みたいなものだといっていいだろう。

どんなタイプの曲のどんな演奏であれ、究極の「成功」は幸福感の共有で、そこには精神の「自由」という余裕が必要だ。

このミリタリー・サークルでのコンサートが特にすばらしいのは、その環境とコンセプトにある。サン・オーガスタン教会の発する「霊的」オーラの半径内にあることもそうだけれど、主催者が制服姿の軍人というのも独特だ。
軍人といえば、その根底に「殺人ロボット」の部分がある。殺人というのは、戦地において敵軍を死傷する戦闘を遂行する可能性があるからで、ロボットというのは、その攻撃を決定するのは個々の軍人ではなく、指揮官の「命令」によるからだ。
個人主義者のフランス人が「軍人」であることを自由意志で選び全うする時、そこには必然的に葛藤があり、自由の聖域を守るかのようにアートへの傾倒が見られることがある。

私を今回ここのコンサートに二度目に招待してくれた海軍士官夫妻も、実は死地をくぐり抜けてきた人で、大の音楽ファンだ。

で、さらにいいのは、コンサートの後でディナー・ビュッフェがあるのだけれど、その場所も演出も、料理も、最高だ。軍人家族の結婚式や披露宴にも使われる70メートルのギャラリーが続く宴会場だから、普通のレストランではこれに匹敵するところはない。

広々とした開放感とエレガンスが共存しているし、同じコンサートを楽しんだ人同士がその後で今度は食事を楽しむのだから、五感を総動員する充実した連帯感が生まれる。

それにはっきり言ってしまうと、何しろミリタリー・サークルの内部だからセキュリティは最高で、もちろん私のような一般人も来ることができるのだけれど、軍人や元軍人同士の仲間意識や信頼感にあふれているから、テロのリスクの高いパリのど真ん中ではなかなか味わえない「安心感」がある。

その贅沢さは、金持ちが内輪で集まるゲーテッド・コミュニティやシャトー・ホテルのそれではなく、「金では買えない」豊かさなのだ(実際カクテル付きの商業的コンサートよりもずっと安価である)。

ディナーも込みのコンサートだから、食べた後で支払いをするシステムもない。そして演奏家も同じ場所で同じものを食べるのだ。

ここに来る人のほとんどは、「噂の有名演奏家の演奏を聴く」のが目的なのではなく、ディナーや同席の人との会話を含めた「全部」を楽しみにやって来る。

だからといって演奏を聴くのがおざなりなわけではなく、反対に、貪欲に幸福を求めるかのように一体になって楽しむわけだ。
そういえばコンサート用のホール内でミネラル・ウォーターの小ボトルが配布されるのもここの特徴で、そのボトルを手にした瞬間からもうある種の「一体感」が伝わってくる。

私がコンコルドの海軍省本部でコンサートをした時も、リハーサル時の差し入れからカクテルパーティに至るまで、プロフェッショナルなのに家庭的な気づかいにあふれていたのを思い出す。

こういう不思議な空間で日本の若い演奏家が演奏すること、彼らがその独特の空気をキャッチしてインスパイアされる感受性を持っていることを嬉しく、また頼もしく思う。
by mariastella | 2015-06-25 06:10 | 音楽
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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