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L'art de croire             竹下節子ブログ

ヒーローという言葉(続き)

フランス語のヒーローhéroについて昨日の記事(日本時間では同日)書かなかったことがある。

フランス語に関係のない人には意味がないと思ったからだ。

すると今朝のラジオで、最近聞かれる「英雄」の言葉の使い方に私のように注目した言語学者がいろいろ解説していた。

フランス語のヒーローhéro(エロ)はシーザーがガリアを征服した時に持ってきた言葉でHを発音しなかった。
フランス語にはこの他にゲルマン語から来たHで始まる単語があって、これは発音された。

実際は今のフランス人はどちらも発音しないので、ちがいは定冠詞がついた時に単数ならダッシュがつくか、複数なら読むときにリエゾンするかしないかによって区別する。

héroはラテン系の言葉だから当然l’ héro (ㇾロ)とかles héros(レ・ゼロ)となるはずで、

実際ヒロインの方はl’héroïne(レロイヌ)とかles héroïnes(レ・エロイヌ)と読むのだけれど、男の英雄の場合はリエゾンさせるとles zéros(レ・ゼロ)と同じ音になるので混同を避けるためにゲルマン由来のHと同じ扱いでle héro(ル・エロ)とかles héros(レ・エロ)と読むことになった。

というのは私が何十年も前にソルボンヌのフランス語講座で習ったことだった。

今朝のラジオの解説も同じだったのだけれど、その理由が単に「混同するから」ではなくて、政治的な意味があるからだと言っていた。

なるほど単に混同なら同音異義語なんていろいろある。

けれども、ヒーローはもともとはギリシャ神話の半神半人のヘラクレスなど「英雄」が活躍する時代からくる言葉だ。

だから、歴史上の偉大な戦士つまり征服者を「半神半人」に例えて賛美する言葉になったので、

「oo王とxx王は英雄だった」という時に「oo王とxx王はゼロだった」となると英雄どころか普通以下、ゼロなのだから支配者にとって非常に都合が悪かったわけだ。で、無理やり文法を変えた。

これなら分かる。

では、テロを防いで先週から賛美されている「謙虚」との関係は ?

というと、これはフランス語特有の含意でコルネイユから始まったのだそうだ。

つまり「勇気」と「魂の高貴さ」がセットとなったものだ。

そういう含意のない単に「人間離れした強い勝利者」というのがギリシャ神話由来で、
「謙虚な勇者」というのがコルネイユ由来ということになる

日本語の「英雄」にはギリシャ神話由来の方の意味が圧倒的だと思う。

でも昨日書いたように今のカトリック教会が尊者の条件に「英雄的な徳の実践」という時には明らかに「謙虚」が入っているのだから、コルネイユ型の「英雄」の定義は、少なくともカトリック系文化圏では定着しているのだろう。

さらに調べてみたいところだ。

昨日Arteで「アートの王ルイ14世」という番組を見たが、ルイ14世がセルフ・プロデュースをするにあたって、最初は太陽王、アポロン、アレキサンダー大王などのイメージと同一視した画像を連発したけれど、ヴェルサイユの鏡の間を造る時に、今度は「ヘラクレスの偉業の画によって王の偉大さ暗示する」という案を拒否して、自分自身の業績をフランス語(それまではラテン語だった)のタイトル付きで描かせたとあった。

それが他の国にとってあまりにも屈辱的なので1871年の普仏戦争の後では勝ったプロシャが鏡の間の「ライン越え」の前でフランスに署名させた、1919年の第二次大戦後には同じ場所で今度はフランスがドイツに降伏の署名をさせた。
20世紀になってもオランダ女王が鏡の間に入ることを拒否した、などとても政治的な場所だと言っていた。

鏡の間の造成の時期、アポロンはもちろん、アレキサンダー大王とかヘラクレスとか、たんなる勇者の英雄という言葉から変わって、フランス語の「英雄」には「有徳」が含意になっていたので、ルイ14世も、ただ強いだけの半神半人に例えられるのは嫌で、「自分」こそ新しい真の英雄だとしたかったのかもしれない。つまり「徳」があると。

その「どこが謙虚だ」と思うかもしれないが、彼は年をとるにつれてカトリック教会に精神的にすり寄るようになっていたので、コルネイユを使って「英雄とは魂も高貴な人」という新しい定義を打ち出したのかもしれない。

そのあたりでフランス風の「英雄的徳」というのがカトリック教会でも「聖性」の含意になったのかもしれないと想像するが、どうなのだろう。

(今日の日本の国会前デモがどうなったのか気にしながら書いてます)
by mariastella | 2015-08-30 17:23 | フランス語
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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