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L'art de croire             竹下節子ブログ

パリの奇跡の治癒の話 その2

(前回からの続き)

この教会の「奇跡の治癒」は、1970年代くらいから盛んになったカリスマ刷新運動系のものだ。

私はカナダのタルディフ神父の集会のことはよく知っていた。

タルディフ神父(1928-99)は27歳で司祭になってイエスの聖心宣教会のドミニコ共和国の管区長などを務めていた。少年時代に夢の中で、大群衆を前にして自分がイエスの名で人々を癒している姿を見たことがあるそうだ。

それ自体は別に不思議なことではない。

ナザレのイエスが宣教活動を始めた時も、悪霊を追い出したり、目や足の不自由な人を治したり、死者を生き返らせたりすることであっという間に評判になったのだし、弟子たちにも癒しの行為を託して送り出している。

キリスト教が制度となった後では、その官僚組織的な部分がそのような「癒し」を表に出さなくなったのは当然だ。

「奇跡の治癒」は少数のカリスマによるパフォーマンスになったけれど、そんな人たちは、最終的に、死んだ後でも「治癒を求める人々の祈りを神にとりつぐ」という形での「奇跡」が確認されてからはじめて、福者や聖人になって教会の傘下に入ることになる。

カナダには20世の前半モントリオールの聖ヨセフ大聖堂でフレール・アンドレが30年に渡って夜も昼も、巡礼者に聖ヨセフの油を塗油して夥しい奇跡の治癒が有名だった。(『「弱い父」ヨセフ』参照

だからタルディフ神父にもそういうものに憧れる素地はあったのだろうが、決定的なのは、自分が結核で倒れた時に、病床にやってきたカリスマ刷新運動に属する妹夫妻と友人夫妻のおかげで奇跡の治癒を得たことだ。

彼らは神父に「イエスが過去にパレスティナで人を癒したように今も人を癒し続けているということを誠に信じるか?」と質問し、手を当てて、「イエスと聖霊の働きで病が癒えるように」と祈った。

3日後に神父は全快していた。

それ以来、イマニュエル共同体「生けるキリストの奉仕者」会を組織し、祈りによる数多くの「奇跡の治癒」を起こして、1979年にはモントリオールのオリンピック・スタジアムで7万人を集める祈りの会を成功させた。

その特徴は、祈りや聖体礼拝の途中で、「今、主は誰それを治されました」というアナウンスがあることで、それを感じた人が前に出てきて証言したりする。

たとえば

「この中に、もう3年もxxの病気に苦しんで、先日は自殺まで考えた人が来ています。その人は今癒されました」

という感じだ。

それが次々と発表される。

それがどういう根拠で言われるかというと、カリスマ派の人たちの口を通して聖霊が言わせているということになる。

普通なら仕込みとかやらせだとか考えたくなるが、毎回毎回何千人もの人を相手に「やらせ」など続けられない。ちなみに参加費などは一切とらない。何かを売りつけられることもない。パリの教会ではもう8年も毎週やっているのだ。

私が行った時、治癒のアナウンスの多くは、ある意味で誰にでも当てはまるようなものが多かった。

「かかとの変形で歩くのがつらい人がいます。その人の痛みはなくなりました」とか

「片方の目が見えにくくなっている人、あなたの目は癒されました」(これには少し心が動いた)とか

「毎朝の通勤が苦しくて、人混みが怖くて動けなくなるほど悩んでいる人、その恐怖は取り去られました」とか。

どこか具合の悪い人が1000人も集まっていたら、そのようなものに思い当たる人はたくさんいると思う。

だから、たとえ私の目が治らなくても、「ああ、きっと他にもっと困っていた人がいてそれが治ったんだろうな」と納得できる。

そういうアナウンスの度に皆が「メルシー、主イエス」と唱和する。

たまに、パリの中の特定の通りの名を出して、そこで働いている人のロッカーの話まで触れるなど具体的なものがアナウンスされることもある。

でもほとんどは、言ってみれば雑誌の「今月の星座占い」みたいなもので、自分の問題に集中していれば、何となく「あ、これだ、当たっているかも」、という感じのものなので、みんな少しずつ期待が高まっている感じが伝わる。

ともかく、今回実際に参加したのは、そのアナウンスのされ方とリアクションを現場で観察したかったからだ。

しかし、このカリスマ刷新運動のリーダーになる人って、タルディフ神父のように自分自身が祈りによって奇跡的に救われたという体験がきっかけになることが多い。

ひとつは、もともとそういう祈りによって救われるような「体質」というか「感受性」があったので、それをきっかけに自分が逆の立場に立っても祈りが効くことが分かったと考えられる。

また、臨死体験などをしてから祈りによって息を吹き返したようなタイプの人は、そういう「祈り」の効果が行きかう「境界領域」に足を突っ込んでいたわけで、一応「こちらの世界」に戻ってはきたけれど、実はまだ一部が境界領域とコネクトしたままになっている。だから、他の病人のために祈ったり触ったりするとパワーが伝わりやすい、という考え方もある。

「神秘体験」で壊れてしまってそういう状態になる人もいるし、稀には生まれつき「リアル」にうまく収まらない人もいる。

他の人の病を癒せる人、というのは確かに存在するようだ。

もちろん誰のどんな病でも治せるというのではなく、病者と治療者のバイオリズムや周りの雰囲気や天気や温度や心理状態やその他いろいろなものが「出会った」場ができた時にはじめて何かが起こる。

日本のカトリックにはこのような派手なものはないけれど、シスター鈴木秀子さんがやはり自分が臨死体験をして祈りで救われた経験の後で、「癒す力」が発現してしまったというのが有名だ。
非常に知的な人である上にカトリックのシスターなので、新宗教系のあやしさはない。

しかし、タルディフ神父とか、鈴木秀子さんに奇跡の治癒があれば、その後で「祈りの効果」に皆が気づくという点で、「神の業」としてのコストパフォーマンスがいい。元が神父やシスターだから、「信仰を証明する」必要もない。

1000人の集まりで、「かかとの痛みが取れてよかったよかった」と黙って家路につく人とは違う。

カリスマ派の理屈では、「神は信じていない人をも治す」という。それによって「回心」がもたらされるからだ。

もし私が「奇跡の治癒」を得たら、コスパが悪いので神は後悔するだろう。回心よりも懐疑にとらわれそうだ。
私が信じていないのは神ではなくて「私に起こる奇跡」だからだ。

「治癒」を確認し、調べ、様子を見て、他の要素を分析したり他の奇跡の治癒と比べたり、心理状態の変化を書き留めたり、再発を恐れたり、観察に一生懸命で、素直な感謝と神の賛美みたいな方向にはきっといかないと思う。(続く)
by mariastella | 2015-09-29 05:43 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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