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L'art de croire             竹下節子ブログ

司祭のセクシュアリティ

10/4からヴァティカンで行われている家族シノドスの開会の前日、ちょっとしたスキャンダルが起こった。

このタイミングでのカトリック教会にとっては激震かもしれない。

43歳にして教理省のメンバーで、国際神学委員会の副書記長で、グレゴリアン大学の教授という超優秀のエリートであるポーランド人のKrzysztof Charamsa神父が、Corriere della Sera という雑誌のインタビューで、自分がゲイであること、ゲイであることが幸せで誇らしいと思っていること、などをカミングアウトしたのだ。

家族シノドスの前日という発表は確信犯であって、

「シノドスに対して同性愛の愛は家族的愛であって、家族を必要していると言いたい」

と述べる。

そこだけ見ると、同性愛だけでなく、いわゆる同性婚について語っているようでもある。

独身を誓っている司祭が同棲したり妻帯したりすることは歴史上いろいろな文脈で存在した。

同性愛者の司祭もいただろう。

でもどちらも、公的にはタブーの領域であることは間違いがない。しかし、その両方を一度に問題にしたのだから深刻だ。

神父はその日のうちにすべての職から追われた。
でもそれを待つことなく、スーツケース2つを持ってその日のうちにバルセロナに出発したそうだ。

バルセロナには1歳上のスペイン人の恋人(一般人)Eduardo Planasが待っていて、Charamsaは現地で新しい仕事を探す予定だそうだ。

この恋人と幸せそうにハグするツーショットまで雑誌に出している。

要するに、恋人と家庭を築きながら神に奉仕する生活が不可能なので聖職を離れる決心をしたということだ。

単なるセクシュアリティの問題ではない。

人には、多分マジョリティである異性愛者、一部の同性愛者、一部の性的倒錯者(小児性愛、フェティシズムetc...)、そして性的欲望がないか少ない人などがいるだろう。

そのセクシュアリティを実践するかどうかはまた別の問題だ。

小児性愛は実践してしまえばもちろん犯罪だし、異性愛でもレイプをすれば犯罪だ。
一方、どんな性倒錯でも、封印したり、脳内以外で全く実践しないのであれば、ないのと同じである。

また時代と場所によって、社会的なノーマルの枠は様々だし、個人の人生の中でも変わるだろう。

カトリックの聖職者は修道者も含めて、いわゆる「子供を育てる家庭」を持つことをしないという選択をした人たちではあるけれど、自分の性的傾向を変えるとか抑圧するという選択をしたわけではない。

性的欲求の少ないタイプの人の方が聖職を選ぶ敷居が低いことはあるかもしれないし、それを克服して別のエネルギーに変えていくことで高い霊性を得る場合もあるかもしれない。

一般人でも全生活を仕事や趣味にかける人もいて、セクシュアリティが優先事ではなかったりなくなったりする人はいくらでもいるだろう。

逆に、セクシュアリティが強迫観念になってアディクションになるなどハンディとなっている人もいるかもしれない。セクシュアリティがそのまま「家庭を築く」ことに結びつかないのは明らかだ。

「世間的な普通の結婚をする」というプレッシャーから逃れるという意味では、修道者志願が、同性愛者が公に独身誓願をする一つの抜け道となった時代もあるだろう。
しかも、修道院内で同性たちと生活を共にできるのだから「ラッキー」と思った人もいるだろうし、同性間のセクハラもあったかもしれない。
それは別に修道院だから特に陰湿というのではなく、どこの閉鎖集団でもあり得ることだろう。

ただ、Charamsaによると、世間的な結婚をしないですむ神父には実は潜在的な同性愛者が少なくなく、それを隠すためにかえって同性愛者憎悪が激しいこともあるのだそうだ。
同性愛者が世間的な結婚をしないで済むだけではなく、同性婚で幸せになることなど我慢できないのかもしれない。

で、Charamsaは運命の恋人と出会わなかったら、そのまま自分のセクシュアリティを抑圧していたのだろうか。あるいは適当に相手がいたけれど、はじめて「家庭を築きたい」という相手と出会ったからこそ、そこまでの決断をしたのだろうか。

運命の女性と出会って結婚する司祭と同じで、彼も、神に仕える気持ちは変わらない、と言っている。

ヴァティカンのスポークスマンであるFederico Lombardiは家族シノドスを前にメディアを通してこのようなプレッシャーをかけたCharamsaの行動は極めて責任重大だとしてただちにCharamsaのすべての職能を停止した。
フランシスコ教皇の方は、教会は人生の試練を受けて心が傷つき苦しんでいる人々にとって開かれ、迎え入れる一つの家だというコメントを出した。

翌日のシノドス開会の辞では、シノドスが目指す「真実」と「慈しみ」の二つの軸についてあらためて語った。

真実とは、多くの快楽と乏しい愛のグローバル社会を支配している孤独と、持続する忠実で安定した多産な愛がまるでアルカイックであるように嘲笑されている逆説的な現状とを、直視するところにある。
男と女が永遠の愛で結びつくことは神の夢であり、教会は現代社会でそれを防衛しなければならない。
同時に、慈悲の心を持って、他者を裁くことなく傷ついたカップルに手を差し伸べなくてはならない、扉を閉じた教会は自らの使命を裏切ることになる。

教皇のスタンスはぶれていないのだが、そもそもこのような教皇の甘い態度がこういうスキャンダルを許してしまうのだとの批判が出る可能性があるという人もいる。教皇が2年前に同性愛のことを聞かれて、「ある人が同性愛者であり主をさがし求めているのだとしたら、私にその人を裁くことなんてできますか?」と答えたことを指しているのだ。

Charamsaの国ポーランドで上司に当たるPelplinの司教は、Charamsaに「キリストに仕える道に戻ってきなさい」と呼びかけた。彼が「戻ってこない」場合はこの司教が「還俗」手続きをすることになる。Charamsaはポーランドでの同性愛者憎悪について過去にコメントしたことがある。

ポーランドでは、すべての教区に難民一家族の受け入れをという教皇の呼びかけにも激しく反発する司祭がたくさんいて、いまや国を二分する勢いになっている。教皇は間違っている、と断言する人もいる。

司牧者は自分の責任の下にいる羊たちを守ることが最大の義務だというわけだ。

ヨハネ=パウロ二世が生きていたら一体なんと言うのだろう、とつい考えてしまう。
by mariastella | 2015-10-09 01:02 | 宗教
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by mariastella
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