ニースの美術館にある
シャガールの『ノアの箱舟』はほんとうに幻視者の描いたものという気がする。
その上、見ている者がそのまま、いつのまにか画面の世界の一部になっている。
私たちはシャガールの幻視の世界の住人なのだ。
それはここでは、ノアの箱舟に乗っているという意味である。
創世記によると、動物たちは全種類がつがいで乗せられたけれど、人間はノアの家族だけだった。
「ノアは妻子や嫁たちと共に洪水を免れようと箱舟に入った(創世記7-7)」とある通りだ。
ノアには三人の息子がいたから全部で四組のカップルということだ。
でもシャガールの幻視の世界では、人が大勢いる。
ノアの箱舟を描いた多くの絵の中で唯一、船や水が描かれておらず、船の内側の光景だ。
だから絵を見るものとノアたちの間に境界がない。
動物たちも整然とブースに区分けされていず、人と同居している。
人の多くは裸体のようでもあり、人間と動物が同じ地平にいるようだ。
窓から白鳩をとばそうとしているノアはもう一方の手で動物の頭を撫でている。
その動物はノアと目を合わせている唯一の乗員である。母と子の組み合わせが多い。右下の母は必至で子供を守っているように見える。
右上の「マドンナ」は十字架のイエスを思わせる子供を抱いている。
同じ
シャガールの「人間の創造」の絵で、天使に抱かれたアダムの他に、上方に十字架のキリストが見えるのと呼応しているかのようだ。
シャガールはユダヤ人だが、キリストを最初のユダヤ人殉教者だと感じていたという。
私はシャガールの天を舞うような明るい色の絵よりも、この「箱舟」の中に潜り込む視点が好きだ。
あの窓の向こうにどんな世界が待っているのか知りたいし、左上に見えるヤコブの梯子の先にも心がとんでいく。