サッカーのスター選手カリム・ベンゼマがナショナル・チームでの仲間であるマチュー・バルブエナに対する「sextape」恐喝事件に関わっていたという事件についてバルブエナがはじめてコメントした(11/27のル・モンド紙)。
この事件について前に少し書いた縁があるのでひとこと。
要するに、金を払わなければ動画をネットに流されるぞ、ということでベンゼマが恐喝犯とバルブエナとの間を仲介したらしく、バルブエナは警察に訴え、警察が盗聴をしたらベンゼマの名が何度も出てきたということでスキャンダルになった。
ベンゼマはその「昔からの友達」に絶対の信頼をおいている、といい、テープは一つしかないから、話がつけば間違いなく公開されることはない、と言った。攻撃的ではなかった。しかし、前にもシセとの間に同様の問題があったそうだ。シセは仲間の携帯を変更したりデータをPCに移したりというサービスをしていた。バルブエナの古い携帯がどういうわけか恐喝犯の手に渡ったということらしい。
この人たちは、あれほど有名で、莫大な金を稼いでいることも知られているのに、なんだかリスク管理が甘すぎる。自分たちの立場やイメージに対する自覚が少ないのかもしれない。
なんにしても、バルブエナはベンゼマがリスペクトを欠いたことで失望し、もうこの2人がそろってナショナルチームでプレイすることはなさそうだ。
マルセイユやリヨンの郊外のシテで育ち、多くが学校教育からドロップアウトしてドラッグ取引や恐喝で稼ぐという環境の中から、少数の天才が優秀なサッカー選手になるケースがあるわけだけれど、社会的な分別能力があるかないかは分からない。
変な連想だけれど、パリのオペラ座バレエ学校では、みんながプロのバレリーナになれるわけではないから普通教育のアシストに力を入れていることとか、日本で大相撲に入門した力士が相撲教習所で半年間、相撲の実技や歴史・一般常識・書道・相撲甚句などの教養を学ぶシステムなどを思い出してしまった。
サッカーのスター選手はバレリーナや力士よりもはるかに大きな収入を得るし、いわゆる知名度も桁外れだろう。サッカー協会など莫大な予算があるのだから、才能ある若い選手に社会的責任を自覚してもらうためのシステムを何か考案すればいいのに。