2016年がはじまりました。
ここに来て下さっている皆さま、今年もよろしくお願いします。
年末年始と久しぶりに日本で過ごし、ブログのためのいろいろなテーマは溜まっていくばかりなのだけれど、今月中に終わらせる仕事もいくつかあってなかなかブログを書くリズムが戻らない。
フランスのバーゲンセールは1/6から始まったようだけれど、このバーゲンの初めの日にフランスにいなかったのは13年ぶりで、いなければ見えない、聞こえてこないということで「バーゲン、なに、それ?」という感じだ。
いつも、テレビのニュースでバーゲン初日のデパートの様子が映されたりショッピングモールの駐車場が車でいっぱいになったり郵便受けに広告があふれたりするのだけれど、そういう「情報」が入ってこなければ「ないのと同じ」だというのがあらためて分かる。
で、何一つ買ってもいない。
消費行動がいかに情報にリードされているのかとあらためて感心する。
いろいろ書きたいことはあるのだけれど、今朝のラジオでダニエル・コーン=ベンディットがいいニュースを伝えてくれた。で、こういうもので一年の最初の記事を書きたい、と思わせてくれたのでおすそ分け。。
それは、暮れのケルンでの中東移民の男たちによるドイツ女性への強奪や暴力沙汰に関することだ。
このことでメルケル首相が批判されたりペギーダなど極右グルーブが騒いだりしたことの記憶は新しい。
でも、キャサリンというあるアメリカ女性の証言が紹介された。
年末をドイツ人青年とケルンの広場で過ごしていた彼女は、複数の移民の男に襲われて逃げられない窮地に陥った。
そこにやはり複数の移民の男たちがやってきて襲撃者と戦って彼女を救ってくれたという話だ。
このことをNYタイムスが記事にして、それをドイツの新聞が転載した。
コーン=ベンディットが言うように、アメリカのメディアもたまにはいいことを記事にする。
移民のキャンプであろうがなかろうが、弱者を襲う悪いやつもいれば弱者を救うために立ち上がる人もいる。
ただそれだけのことなのだけれど、それを文字にして、また、それを言葉にしてメディアで取り上げるかどうかということによって心理的には大きな違いがもたらされる。
毎年繰り返されるバーゲン情報が目と耳に入らなかっただけで「ないのと同じ」心理状態になる(私は別にバーゲンの買い物が好きなわけではなくむしろ嫌いだ。でも、バーゲンの時期にそれを避けるということ自体が一種のストレスになっていたことはある。それが、今回は心理的に全く何も起こらなかったのだ)。
だからある意味たとえ当然のことだとしても、ケルンの騒擾の折に敢然と女性を救った移民もいたという証言を耳にするだけで、これからの一年に少しばかり希望の光が射してくる。