質問のメールがあったのでもう少し付け加える。
ロシア正教が東方正教最大の共同体だということを前の記事で書いた。
けれども、ロシア正教はキリスト教の歴史の中でも最大級の迫害を受けた共同体でもある。
1917年から1942年の間に600人の司教、4万人の司祭、12万人の修道士、修道女が消え、7万5千の教会や修道院が破壊された。それでも1942年にナチスに抵抗するためにスターリンは正教を必要とした。
ロシア正教はロシアのアイデンティティそのものだからだ。
なぜかというと、いわゆる西方教会は、ローマ教皇の求心力を維持するためにすべての宣教をラテン語で行ったけれど、東方教会はギリシャ語を使ったわけではなく最初から原則的に宣教先の現地の言葉を採用したからだ。そのかわり、ビザンティン帝国の政治的ストラクチャーを伝授した。
そのせいで、各国の正教が独立したのだ。
(同じ形が16世紀以降にプロテスタンティズムによるラテン教会からの離反になったのは興味深い)
でも、歴史的、象徴的には、やはりコンスタンティノープルの総主教の権威は小さくない。
だから、1960年代からローマ教皇とコンスタンティノープル総主教が接近し親密になり教会一致の道を目指すようになっていたから、冷戦後のロシア総主教は穏やかではなかったはずだ。
特にフランシスコ教皇になって各地の正教会がどんどん教会一致に向かっていくので、この春にクレタ島で開かれる正教会議の前にキリル総主教がフランシスコ教皇と会っておくのは重要だった。
また、中近東のキリスト教徒たちが正教、ギリシャ・カトリック(ラテン語で典礼)などを問わず、「キリスト教徒」というくくりでイスラム過激派に殺害されたり追われたりしている現状がある。
これが「血のエキュメニズム」と呼ばれ、キリスト教諸派が分裂している場合ではないという危機感で教会一致に拍車をかけているというわけだ。