Salle Cortotでジャン・ロンドーのリサイタル。
ジャン・ロンドーはすごい。
このすごい人が、ロワイエを弾く。
たとえばJ.N.P. Royer - La marche des Scythes
をこのサイトで視聴してみてほしい。
全体の姿はこんなの。
ほんとうにすごい24歳。
チェンバロ奏者の多くはロワイエのような超絶技巧を要する曲はめったにレパートリーにのせない。
しかもロンドーは見た目が全然バロック的でもクラシック的でもなくて、自信満々の個性派。
この前のコンサートではないが彼はジャズのグループもやっていてピアノを弾き、作曲も即興もやる。
前に書いた
チェンバロとピアノの共演を一人でできてしまう感じだ。
いつかはバロック・オーケストラを作りたいそうだ。
私たちトリオはロワイエのファンでロワイエのオペラ『愛の力』からのパサカリアのテーマを日本でも弾いた。
あの神秘主義の魅力はこのビデオの圧倒的な華々しさからは想像できないけれど。
彼のラモーとロワイエを合わせて聴くとフランス・バロックのすばらしさが多くの人に納得してもらえるだろう。
Jean-Philippe Rameau et Joseph-Nicolas Royer, Vertigo, Erato, février 2016
ラモーやロワイエにあってバッハにはないものは一種の濃密なコクかもしれない。
考え尽くしたレシピで、素材が何であるかが分からないくらいに複雑なのに、至福感が味わえる。
一方、バッハにはあってラモーやロワイエにないものは展開、伸張を含む建築的要素だ。
フィレンツェのドゥオーモのそばの鐘楼のような感じで転調によって有機的に伸びて積み上がっていく感じ。
フランス・バロックでは時としてそういう構築が何もなく、色彩だけが絶え間なく移り変わっていく。
夕焼け空に雲があり風の強い日に21世紀美術館のタレルの部屋にずっといる感じ。
思えばイタリアとドイツのようにラテンとゲルマンで対照的な国が音楽や絵画で影響を受け合ってきたのは不思議だ。互いに軸足を相手の側に置いている感さえあり、たえず気にかけあっている。
フランスでは、ハプスブルクにもヴァティカンにもドイツとイタリアの錚々たる領邦国家群もスルーする審美的中華思想がなぜか堅固で、音楽で言えばそれが17世紀後半から18世紀半ばまでしっかり根を下ろして19世紀にまでつながっている。
日本人が「ラモーのよさが分からない」と言う時、それはイタリア・ドイツ系音楽の刷り込みの伝統のせいなのだろうか。
むしろフランス的心性の方が日本人にしっくりくるような気がするのだけれど。