Jean-Luc Jeener の新作『Le tyran juste公正な独裁者』
少し日本に滞在した後でフランスに戻った時、それが本当に実感できるのはフランス語の芝居や映画を観た時だ。フランスとは、フランス語なのだなあと思う。
で、お気に入りのJean-Luc Jeener の脚本監督の新作『Le tyran juste公正な独裁者』を、いつもの劇場(le Théâtre du Nord-Ouest)に観に行く。 いつもながら身につまされる哲学的なテーマで、役者がまた素晴らしい。 それなのにいつもながら観客は少なく、10人の役者に対して観客は8人。 上演キャンセルされても不思議ではない人数だ。 中心人物であるヴァンサン判事のBenoît Dugas、続けて2時間以上を出ずっぱりの大役だが素晴らしい。 「悪の化身」を演じるValentin Terrerの倒錯的な迫力も尋常ではない。 「専制君主」役のPierre Sourdiveの中途半端な人間味も興味深い。 話は政治SFという感じだが、オーウェルの小説のようなカリカチュラルなものではない。 長い間の戦争が終結して荒廃からの再建途上にある国が舞台だ。 戦争の終結に成功し国の統一を果たした「絶対権力者」が、国中の監獄が満杯なことを憂えて、国の再建のために監獄を空にすること、そのためには、法や正義や裁きの概念を変えて、「罪を裁かずに人を裁く」方針を決める。 そのための「判事」を、戦争で多くの人を殺して今は売れない画家になっている元軍人ヴァンサンに一任する。 「どうして自分のように罪深いものを ?」というヴァンサンに、「君は絶対に自分のしたことを自分でゆるせないだろうから、他の人にはミゼリコルド(慈悲)を向けることが可能だと思うからだ」と独裁者は答える。 人を裁くことにおける基準は「良心」である。 「権力は擦り減るが、良心は留まる」と独裁者は言う。 で、それから、検事も弁護士も他の判事も上告の可能性もなし、ヴァンサンの判断ひとつで、「罪を犯した者」たちには、決して収監されることなく、殺されるか釈放されるかの二択の運命が待つことになる。 ヴァンサンは、独裁者の暗殺を企てて次の日に処刑が決まっている若い男を独房に訪ねて共犯者と共に解放する。そのことで彼のエネルギーを国の再建に向かわせることを期待したのだ。 路上で女性のバッグをひったくった男を逮捕した時は、男が「自分はやっていない」と抗弁したことを受けて死刑を決める。バッグを盗んだことではなくてそれを悪いと思っていないこと、認めないことが、「存在に値しない」のだ。 夫をチンピラに殺された妻が、チンピラの処刑を求める。チンピラは自己弁護する。ヴァンサンは、妻にピストルを与え、「それなら自分で撃て」という。一瞬迷った妻が本気で引き金に手を駆けると、ヴァンサンは「それは正義ではなく復讐だ。復讐は悪だ」といって妻の方を処刑する。 呆気にとられ、おののいたチンピラは「それは不条理だ、ひどい」と言うが、釈放される。 「その罪悪感を一生抱いて生きるのがお前の罰であり、お前はもう二度と人を殺さないだろう」というのが釈放の理由だ。 そのような場面が続いた後で、ヴァンサンが監獄は空になったと独裁者に報告する。 独裁者は戦争中に敵の子供を焼いて食った「悪の化身」のような男ピエールの消息が分からないので調査してくれと依頼する。 捕えられた「悪の化身」の独房をヴァンサンが訪ねる。 男は『クレーヴの奥方』を熱心に読んでいる。(これはサルコジ時代に話題になった教養主義の否定を示唆しているのかもしれない)。 この後で、それまで絶対に喜怒哀楽を示さない「専制君主の忠実な道具である官僚」であったヴァンサンが、独裁者の一人娘を育てて監禁しているという事実を知らされて動揺するなど、心理戦が延々と繰り広げられる。 それまで機械のように冷たかったヴァンサンが呻吟し、苛立ち、化粧して性別不明な「悪の化身」ピエールが優位に立つ。 その後、娘の命をめぐりストーリーが釈放されたピエールを執拗に追い回すヴァンサンの姿と共に展開する。 このあたりのまとまり方が少し苦しい。 結論のひとつは、ミゼリコルド(慈悲)によって赦す心と良心だけでは人間の事象は解決できない、ヴァンサンに欠けていたのはcompassion、つまり同情、共に苦しむ心だというものだ。 公共善と公共の秩序との関係も大きなテーマだ。 争いごとを扱う時、もとより不完全な多数決によるよりも、賢者の独断の方がすぐれているのではないかという永遠の問いもある。 閉幕後、Jeenerには会えなかったのだけれど、帰途につくBenoît Dugasに会ったので、このテーマってプラトンの「哲人王」を連想させませんか、と尋ねたら、「哲人王」のことは知らなかったと言われた。 賢者の仁政を期待するというのはもともとオリエンタルな心性に属すると思われるが、独裁者(専制権力者)と「公正、正義」とが両立するのかどうかというのは、今の国際社会のタブーの領域となっている。 人間中心主義に拠ることで逆に人間の不完全さ危うさを知り尽くしてしまった西洋近代の諦然や自戒もあるのだろう。 苦しく残酷な戦争を経て「平和を勝ち取る」形となった権力の掌握者が、最初は国の再建のために犠牲を払い、人々にもそれを求めるうちに、何かが変質していくというのは、歴史が繰り返し語っているものだ。 レジス・ドブレがチェ・ゲバラとフィデル・カストロのことを 「夭逝すると聖人になるが長生きすると怪物になる」 と形容したのを思い出す。
by mariastella
| 2016-05-16 00:08
| 演劇
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