9/4はローマでのマザー・テレサの列聖式がフランスの公営テレビで朝から中継されるというので、「フランス人の聖人の時も中継しないのになぜ?」などと「政教分離派」の人が言ってきた。
フランス人の聖人だと「カトリック村」の話になるので共和国の公営テレビにはちょっと、となっても、マザー・テレサだったらノーベル平和賞受賞者だから「人類」みんなの聖人、という感じなんじゃない? と答えた。
で、毎号読んでいるカトリック雑誌に彼女のことがいろいろ書いてあったのだが、その中で、ガンジス河岸ベナレスにあるパリ外国宣教会のヤン・ヴァヌー神父のインタビュー記事が今まで知らなかったことを教えてくれた。
彼は2012年から現地にいるまだ40歳の神父で、ヒンズー文化に詳しい。彼にとってはある意味で、マザー・テレサはすでに「インドでのイコン」だった。
カトリック的には、いくら人気の高いパーソナリティでも、公的に尊者、福者、聖人と認定されなければ、信心グッズが出回るということはない。
列福や列聖の条件である「祈りの取次ぎによる奇跡」が起こるチャンスを増やすために、「聖遺物(服の切れ端など)」付きのカードにとりなしの祈りの文句を書いたものなどが配られることはあるけれど、それでなくともカトリックの聖人システムは批判されたり揶揄されたりすることが多いので、カトリックのコミュニティーの外にむやみやたらにメダルなどが出ることはない。生前ならもちろんだ。
ところが、マザー・テレサはインド的には、もう生前からすっかり聖女扱いで、屋台、露店にマザーの置物がヒンズー教の神像と並んで売られているのだそうだ。
写真を見ると、やせたインドの子供(なぜか下半身裸)を抱く白いマザーの上半身の像。他の神像の中で目立っている。
Q.その「マザー・テレサ」信仰の実態とは?
A.「ヒンズー教徒とインドのムスリムにとってはマザー・テレサはすでに聖女です。
すでに他宗教によって崇敬されている女性をカトリック教会が列聖するのは始めてです。
私の周囲のヒンズー教徒で、自分のうちにガネーシャやシヴァの神像と同じようにマザー・テレサの像を飾っている人たちがいます。
今のカルカッタではマザーの墓所を拝みに来る巡礼者の行列が絶えません。
宣教会のシスターたちがインド中にいるので、そのサリーは国のエンブレムの一つになっていますし、新聞も宣教会のことを話題にします。彼女と同じく国葬になったガンジーよりも存在感があります。」
へー、そうなんだ。確かにガンジーを「神像」にしちゃうのは、見た目普通のインド人だから、白いヴェールをつけた白人のマザーよりもハードルが高そうだ。
(続く)