アーティストと宗教と隠遁の関係は私の好奇心をそそるテーマだが、マックス・ジャコブ(以下MJ)の場合はそれに、見神体験の後でカトリックに改宗したユダヤ人でナチスにとらえられたというドラマティックな時代背景が加わる。
この人はなんだかとても過激で過剰な人で、パリのアーティスト的な生活から一転してロワール地方に隠遁して祈りと制作(画家で詩人)の平穏なのか激烈なのかわからないような生活に没頭した。
一度目が1921年から28 年、二度目が1936年から44 年。45歳から52歳と、60歳からゲシュタポに逮捕されて収容所で肺炎で死ぬ68歳までだ。
モンマルトルのラヴィニャン通りの古い建物は、廊下の両側に並んだ小さなアパルトマンにアーテイストのひしめく建物で、MJは洗濯船と名付けていた。
1909年9月7日、ここで彼は最初にキリストを見る。
「私は国立図書館から戻ってきたところだった。鞄を置き、室内履きを探した。顔を上げると、壁の上に、あの方がいた。私の肉は床に落ちた! 天の体が私の貧しい部屋の壁の上にいる。主よ、なぜですか? ああ! お赦しください!彼は私が昔描いた風景の中にいる。そう、あの方だ! なんという美しさ、エレガンス、そして優しさ! その肩、そのたたずまい! 青い縁取りの黄色い絹の長衣をきている。彼は振り返り、その穏やかに輝く顔が見えた。」
MJは33歳。受難のイエスと同い年だった。
この話をする度に彼の友人たちは笑い、からかった。
(続く)