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L'art de croire             竹下節子ブログ

マックス・ジャコブの「回心」 その3

(これは前の記事の続きです。ひょっとして長く続くかもしれませんが少しずつ書いていきます。テーマがとても複合的で関心をそそられています。アーティストにおける「回心」。神秘体験とアート。芸術と宗教。頽廃と隠遁。同性愛。性と聖の問題など全部が詰まっています。)

最初の見神体験から5年後の1914年12月17日、二度目の見神は映画館の中だった。

この時の様子をMJ はギヨーム・アポリネールに実に淡々と語っている。

時は、フランスが第一次大戦に参戦したばかりで愛国主義が高まっていた。
1905年の政教分離法で打撃を受けたカトリック教会だったが、「カトリック」には王党派や愛国主義者も少なくない。
世紀末以来の神秘主義的な回心カトリックのアーティストたちもフランスのために戦おうとした。

このことでカトリックと共和国主義者や無神論者、不可知論者の無言の和解が成立した。

シャルル・ペギーは戦死した。

MJの友であるアポリネールは真っ先に志願したが、イタリア生まれのポーランド人で国籍がないため拒絶された。
その後も何度も志願し、国籍取得の手続きをして、1916年に国籍を取得し、1918年にスペイン風邪で死んで「戦死」認定された。

このデカダンスのアヴァンギャルド詩人は近代批判で有名なピウス10世のことを「最も近代的なヨーロッパ人」などと呼んでいた。

アポリネールの死の後で、MJがパリの詩壇のリーダー的存在となった。

1914年に話を戻そう。MJは38歳。

キリストが現れたのは、ポール・フェヴァルの『黒服団』という秘密結社の小説を原作とした映画の上映中の画面の上だった。(ポール・フェヴァルもカトリックへの回心で有名だ)

この話を聞くと、仲間たちはみなからかった。カトリックのアーティストからの嘲笑の方がひどかった。

MJは洗礼の秘跡を授けてもらおうと再び司祭のところに駆け込み、再び追い返される。

けれども、 今度はあきらめなかった。

第一次大戦の昂揚した空気がはりつめていた。

1915年2月15日、カルチエ・ラタンにあるノートル・ダム・ド・シオン女子修道会のチャペルで、パブロ・ピカソを代父(洗礼親、ゴッド・ファーザー)としてMJは洗礼を受けた。

ピカソに抱く愛と欲望を受け入れてもらえないMJにとっては、神の前でピカソを信仰の父とすることは、霊的な絆を手に入れることだった。

MJの見神と改宗はいったい何だったのだろう。

パリの夜、アーティストたちが麻薬吸引によって人工楽園をトリップしていたことは知られているから、ある種の幻覚だと考えるのは容易い。

けれども、キリストの出方、出る場所、5年という間隔、その散文的な素朴さ、彼らの美意識にそぐわない様子、その体験談、証言に何の演出も工夫もされていないつまらない感じ、「意味付け」の努力の痕跡すら残らないそっけなさ、にもかかわらずそれがMJの生き方を決定的に変えた。

まるで片田舎の白昼、無学な羊飼いの少女が「私の前にマリアさまが現れました」というような逆説的な真実味を残す。

しかし、彼の同性愛の欲望は消えない。
モンパルナスには男娼街があり、もう絶対に行くまいと決心しても、2日ともたないのだった。

当時のカトリック教会においては同性愛はもちろん「罪」を構成する。彼の行動は、次第に保守的なカトリック・コミュニティの中でスキャンダルとなっていった。

しかし、たとえ異性愛であろうと、カトリック的には、複数の女性と関係したり不倫したり離婚をすることも「罪」である。

MJの周りの「カトリック・アーティスト」たちはもちろんそんなことに悩んでいる様子はない。
信仰と美意識と素行は別物なのだ。

欲望に悩むとしたら、それはその嘆きを美意識のフィルターを通して「表現」したり自己陶酔できたりする時ぐらいだ。

なぜ、MJ だけが、「本気」で悩んだのだろう。

(続く)
by mariastella | 2016-09-13 01:58 | マックス・ジャコブ
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