フッガーライの話 その3
ヤコブ・フッガーが免罪符を販売した利益の一部を自分の取り分にしていたこと、いや、免罪符そのものを金で買えるものにしたことなどは、ルターでなくとも、「宗教的公正」にもとるように見える。
けれども本当にそうなのだろうか。 「富は、天に積みなさい(マタイによる福音書 6-20)」という有名なイエスの言葉は当時誰でも知っていただろう。 この世での自分の欲望の充足のためなどに富を蓄え消費することが「神の目」にとって望ましくないことは誰でも知っていて罪悪感を持っていた。 だからこそ、神との仲介をしてくれる教会に金を払ったのだ。 「免罪符」を買うといっても免罪符は地獄堕ちから守ってくれる「護符」などではない。 教会は「効き目のない呪符」を騙して売っていたのではなく、教皇庁にとっても信徒にとっても正当だと思われていた免償システムを「商品」として販売したのだ。 需要があり、信者たちがそれを「購入」したのは、彼らにとっては「天に富を積む」ことに相当した。 この世での利益を祈願してのことではない。 教会もまた、得た金で「神の家」である聖堂を造ろうとしていた。 「天に富を積む」つもりだったのだ。 もともと裕福なメディチ家から出たレオ10世がそんな金で「私腹を肥やす」意識があったとは思えない。 フッガーだって、その後500年も続く福祉住宅フッガーライを建てたのは、免罪符の販売から得た富の少なくとも一部を「天に積む」ことで死後の魂の行方を気にかけていたのだろう。 社会的な弱者の中にキリストの姿を重ねて仕えよ、というイエスのメイン・メッセージのひとつも共有されていた。 それだけではなく、「天に富を積む」ことによって期待できる「救い」はとりなしの祈りを経由するという認識も共有されている。 ヨブの昔から聖人による神への「とりなし」の祈りなら、助けてもらえるという伝統が形成されていた。 聖人だけではない。 貧しい人、子供は天国に近い存在で、弱者=小さい者にイエスの姿を重ねるのだから、彼らを支援したり寄り添うことで、彼らからも「とりなしの祈り」を捧げてもらえればより効果的だと考えられても不思議ではない。 裕福な多くの人や権力者たちが葬儀の際に貧しい人々に祈ってもらえるよう施しとセットにして遺言を残してもらったのもそういう意識があったからだ。 観想修道会に寄進することにも、自分の魂のために祈ってもらえるというギブ・アンド・テイクがあった。 その意味でヤコブ・フッガーは、教会に寄進することで「天に富を積」み、貧者を救済することで貧者からみかえりに「とりなしの祈り」を得るという二重の「保険」をかけていたことになる。 実際フッガーライが続いてきた理由には、住民が寄進者のために祈るという条件が、多くの人の寄進の動機づけになったからだろう。 寄進は財産や金だけではない。 変わり種としては、71歳になるゲルハルト・シュリッヒさんがいる。 歴史好きの彫金師である彼は20年前にフッガーライに奉仕しようと決意して、16世紀のコスチュームをつけてフッガーライの通りを歩くことにした。 金属製の角笛型の容器に観光客から寄付金を集め、その額はこの20年で50 万ユーロに上るそうだ。 年間18万人の観光客の数からしたらそれでも少ないと彼は言う。 その金がフッガーライの管理費にあてられ、市は彼を表彰した。 そのおかげで、彼の名は、住民が神への祈りをその人の魂のために捧げる「寄進者」のリストに載せられた唯一の生存者となった。 シュリッヒさんは鍵を忘れた住民などにも頼られる存在だ。 入居の条件が守られているなら150人の住民が毎日3つの祈りを唱えるのだから、450の祈りが彼のためにも唱えられていることになると思うと、毎晩床に入るときにとても安らかな気持ちになるという。 彼のことを「アウスブルグで最も聖なる人」と呼ぶ人もいるそうだ。 フッガーライ、 現在の入居者の平均年齢は63歳、最年長者は、40年暮らしている94歳。 午後10 時の「門限」を守らないものには1ユーロ課金されることもあって若者は少ないから、今は単身者のホスピス機能も果たしている。 信仰とか信心の形が500年も続いて社会的にも精神的にも実際にポジティヴな役割を果たし、広く認められている不思議な場所が今のヨーロッパの真ん中にあるということから、いろいろなことを考えさせられた。
by mariastella
| 2016-10-24 11:27
| 宗教
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