星の王子さまとプラトンとパスカル
星の王子さまについて前にこんな本を読んだ記事を書いた。
最近、ラジオのコメントと、ある論文を読んだことで、なるほどなあと思った。 ラジオのコメントは、星の王子さまは、jeunisme(若者中心主義というか若さ礼賛主義)のバイブルになっているというのだ。 大人たちが、子供時代の自由な発想、物事の本質を直観する力、といった幻想の楽園を懐古する教えだと。 子供たちが「星の王子さま」を読んで気に入るのは、最初の絵解きのところとキツネとのやりとりの一部だけだと。 まあ、そう言われてみれば納得できる。 よく人生の指南書みたいに扱われているからだ。 もう一つはフランスのDEAの論文で「星の王子さま」のイデオロギーのルーツを分析したものをネットで読んだことで、日本などでは特に「星の王子さま」由来であるかのように言われている様々な警句のほとんどすべてが哲学者や神学者から来ているものだというのが一望できた。 ある意味で、フランスの貴族家庭に生まれ、しっかりと道徳教育を受け、カトリック系の学校に行き、哲学の授業を受けて哲学のバカロレアを通過したというサン・テグジュペリが、20世紀前半のフランス上流の文化生態系の産物だった、という当たり前の事実である。 日本でもえらく有名な星の王子さまに与えるキツネの教え。 「じゃあ秘密を教えるよ。 とてもかんたんなことだ。 ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。 いちばんたいせつなことは、目に見えない」 というやつだ。 On ne voit bien qu'avec le coeur, l'essentiel est invisible pour les yeux. (心で見なくてはよく見えないってことさ、 本質というものは目に見えないんだ) 本質というのを「かんじんなこと」と訳すものもある。 「本質は目に見えない」というのはプラトンだ。 「心で見なくてはならない」というのはパスカルだ。 プラトンは「善」を至高のイデアだとする。太陽が近く可能な光のすべての源であるように、「善」は知的な光の源である。「善」は、それ自体は目に見えないが、物事を見えるようにしてくれるものだ、とソクラテスに言わせた。 パスカルは、 C’est le coeur qui sent Dieu, et non la raison. Voilà ce que c’est que la foi, Dieu sensible au coeur, non à la rai- son (Pensées- 278).(神を感じるのは心であって理性ではない。信仰とはこれだ。神は心で知覚できるもので理性ではない(パンセ278) と言う。 これを普通の日本人が目にしたら、遠い国の遠い時代の別々のことに聞こえるかもしれないけれど、サン・テグジュペリの生きた文化生態系においては、自然に結びついている行動指針の言葉だった。 よく見てみると、肉体の器官としての「目」と「心」を対比しているのではなく、「理性」と「心」の対比であり、それが見る「いちばんたいせつなこと」とか「かんじんなこと」というのは実は、「善」であり「神」なのだ。 特定の価値観が前提になっている。 日本語訳が「いちばんたいせつなこと」とか「かんじんなこと」とあって、「「いちばんたいせつなもの」とか「かんじんなもの」とはなっていないのは本質をとらえている。 「善」や「神」は、「もの」ではなくて「こと」だからだ。 けれども、パスカルがあれほど悩んで「理性」から「心」に「転向」して「パスカルの賭け」を決意したのだけれど、今の「無意識心理学」によれば、理性と心は実は対立関係にあるわけではない。 「判断」「識別」には感情が大きく関係している。いや、感情抜きでは、情報の収集と分類はできても、絶対に結論に至らないという。 理性の機能をつかさどるのは感情だ。情報を最終的に処理するのは「心」だ。 脳と心は同じものではない。脳は頭蓋骨に納まった器官で、様々な働きをするが、「心」はネットワークの中にしか存在しない。心は脳と脳が相互にかかわった結果生まれるものだという。 パスカルにこの知見を読ませたかったなあ、と思う。 (私がパスカルと話したかったと前に書いたのはこういうことも関係している。) 理性と心に関するこのような知見に至るまで、西洋思想の文脈では、プラトン、アウグスティヌス、パスカル、サン・テグジュペリは一連であって大きな変革はなかったのだ。
by mariastella
| 2017-01-06 00:05
| 哲学
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