先日ピアノの生徒の一人と話をした。どれだけ練習すればうまくなれるかという話だ。
彼女はクラシック・バレエもずっと続けている。
その弟はアイス・ホッケーの選手で、かなりの時間を練習と試合に割いているが、私とギターのレッスンも始めているのだ。スポーツ系の訓練と音楽の練習は両立するのか、という話にもなった。
ちょうど、テニスの全豪オープンの女子シングルスで、
ビーナスとセリーナ・ウィリアムスの姉妹が制覇したニュースを聞いたばかりで、姉妹の父親が「白人を打ち負かせ」と言ってずっと訓練させていたという話を耳にした。
父親のリチャード・ウィリアムスは、1978年にテレビで偶然全仏オープン女子テニスを見た。ルーマニア人のバージニア・ルジッチがシングルスで優勝し、20万フランの小切手を手にしたのを見て自分も娘をテニスのチャンピォンにすると誓ったそうだ。
1965-73の最初の結婚ですでに3人息子3人娘がいたが、その後で生まれる娘に期待をかけることにする。
「エホバの証人」の信者である新しい妻との間で1980年と1981年に生まれたビーナスとセリーナを4歳でコーチにつけて、男子とだけ練習させて、「白人を打ち負かせ」と激励して週30時間の練習を課した。
テニス界は白人プレイヤーが主だった時代だ。
娘たちの母とは、彼女らが10歳くらいの時に離婚している。その後ビーナスより一つ年上だけの女性と三度目の結婚をしたという。
娘たちは14歳でプロになり、17、18歳で父の夢見た全仏オープンに出場してテニス界の常識を変えた。2002年の全仏オープンでは決勝戦を2人で戦い、優勝と準優勝を分け合った。「相手を叩きのめす」パワープレイで有名だそうだ。
以来、姉妹共に世界を制覇し、30代半ばの今年も、全豪オープンの決勝を姉妹で戦ったばかりなのだ。
セリーナは、スポーツも訓練も嫌いだ、と2012年の自伝で語っている。白人からの差別も受けてきたという。
昨年末白人男性とと婚約したばかりだ。
私の生徒が「週30時間練習したらチャンピォンになれるんだねえ」と言ったので、
いや、ひょっとしたら、子供を通して一攫千金をねらうそのような父親は他にもいるかもしれない。
でもまず、父の期待に応えようとして頑張っても、心身の強さがなければ、ドロップ・アウトする子供、故障する子供もたくさんいるだろう、
それに、たとえ、心身頑強で週30時間の練習に耐えても、チャンピオンになるとは限らない。
才能や運が足らずに芽を摘まれるのがほとんどだろう、と答えた。
まだ、音楽やダンスの夢を娘に託して練習を強要する親の方が、「敵を倒す」というレトリックを弄しないだけましかもしれない。
音楽やダンスはそれに対する情熱があるだろうが、リチャード・ウィリアムスは最初から「大金」にひきつけられて、「黒人女性のテニス・プレーヤー」という付加価値も巧みに心得たうえで、マネージメントしてきた。
リチャードは早く家を出て路上生活に近い暮らしもした人だそうで、姉妹もギャングの町で時として弾丸がとびかうコートで練習や試合を続けてきたという。
セリーナの生涯獲得賞金はすべての女子プロスポーツ選手を含めて史上1位で8000万ドルを超えるという。
父親はさぞや満足している…のだろうか。
姉妹は私の子供といっていい世代だ。
親の夢と子供の関係についても考えさせられる。
彼女らは、「成功者」なのかもしれないが、なんだか「犠牲者」にも見えてくる。