殉教のテーマで書くことがまだまだたくさんあり、その上、フランスとイスラムの関係、日本で読まれているエマニュエル・トッドのひどさなどについてもじっくり書きたいのだが今取り込み中で、ゆっくり書けない。
で、今日はちょっと寄り道して「猫」の話。
映画『沈黙』で、五島に戻ったロドリゴの目に移ったのはおびただしい数の猫ばかり、というシーンがあった。猫好きには印象的だ。
「フクシマの猫」のことも心をよぎる。
最近、猫についてショックなことというか、考えさせられることがあった。
サイトのフォーラムで、最近こんなことを書いた。
>>>猫飼いって、どんなに親ばかで自慢しても罪がない感じがします。猫を支配しているわけではないことが明らかだから…。
プーチンが猫を愛でている写真なんてあり得ないでしょ。クリントンもオバマもトランプも犬の「ご主人さま」だし。(007のボスが白いペルシャ猫を愛でていたのはある意味もっと怖いですが。)<<<
ところが最近、フランスの大統領選の第一次投票の一番人気である極右国民戦線のマリーヌ・ル・ぺンがとても猫好きであることを知った。
写真を検索してみると、父親のル・ペンも猫との写真はあるが犬との写真もある。いかにもという感じのものだ。
マリーヌと犬で検索しても出てこない。
猫との写真を見る限り、本気で猫好きのようだ。
犬好きの権力者のイメージを覆すための「演出」だとしたら驚きだけれど、まあそこまでする意味はないだろうと思う。
2015年のインタビューで、一番最近泣いたのは? と聞かれて、猫が犬にかまれて殺されたことを挙げ、それだけで目が潤み、私は猫かあさんだから、と言って、その後他の猫を守るために引っ越しまでした、と語っている。
前にこのブログで
リシュリューの猫というシリーズを書いた。
考えてみると、リシュリューも権力の権化みたいな人だ。
そういえば
カール・ラガーフェルドと猫についても書いた。こっちの方は排他的な一匹への愛なのでナルシストっぽい感じがするが…。
マリーヌ・ル・ペンって、不思議な人だ。
偏見を捨てて公平に見てもその政策はとても私には容認のできないものなのだけれど、猫かあさんって…親近感を掻き立てられすぎる。
同時に、犬好きがどうとか猫好きならどうとかなんて軽々しく口にしてはいけないんだなあ、と自戒させられた。