人気ブログランキング | 話題のタグを見る

L'art de croire             竹下節子ブログ

『ゲット・アウト』(ジョーダン・ピール)

『ゲット・アウト』

前の映画の反省(?)に基づいて、久しぶりに、「ホラーでもいいや、カタルシスを得られるなら」と思って今話題のアメリカ映画の『ゲット・アウト』に行ってみた。

ジョーダン・ピール監督脚本、主演はダニエル・カルーヤとアリソン・ ウィリアムズ。

ピールは人種差別をネタにして笑いをとりながら抗議するというスタイルの黒人のコメディアンのコンビの一人だそうでこれが監督第一作。

人種差別というと、トランプ大統領の支持層となったような南部のプアホワイト、のようなイメージがあるが、実は、「オバマは最高の大統領だ」と言っているような民主党支持の一見リベラルなブルジョワ白人の偽善者による差別の方がずっと始末が悪い。

白人の彼女ローズの実家にはじめて行く写真家の黒人青年クリスが、ローズの実家の屋敷で、脳神経外科の父や精神医の母、医学生とかいう弟、黒人の庭師やメイドたちに紹介されるが、みな不自然で、奇妙なことばかりが起こる。

クリスのパラノイアかとも思われるのだが、次の日のガーデンパーティではまた不思議な光景が繰り広げられる。

ここに集まる白人たちはいわば秘密結社のメンバーのようなものなのだけれど、その中で私の目を引いたのは、そこに「タナカ・ヒロキ」という日本人が混ざっていて、クリスに「今のアメリカでアフロアメリカンであることの意味」を訪ねることだ。
そのしゃべり方からいっても日系アメリカ人というより日本人だ。

この白人たちとビジネス上の関係でもあるのだろう。

つまり、ここでは日本人は昔のアパルトヘイト国でのように「名誉白人」のような立ち位置にあるわけだ。
それは、偽善的な白人ブルジョワのエゴイストたちと同じ価値観を共有していることを意味している。タナカはやけに色白の男でもある。

フランスのブルジョワのレイシストの中にも堂々と「日本人は優秀な民族だ」という人がいる。これも一種の逆レイシズムだということが分からないのだ。

最初にクリスの煙草を車の窓から捨てるローズや、喫煙習慣を催眠術で治すというローズの両親のこだわりも、この映画を通して見ると、「禁煙ファシズム」という言葉をはじめて実感として思い出した。
こんなところに引き合いに出されてオバマ大統領も迷惑だろうな、と思ったが、実際、こういうタイプの「リベラル白人」の存在がリアルに感じられて、やはりアメリカの「黒人差別」の根は深いと感じる。

フランスとはだいぶ違う。歴史も違うが、「コミュニタリアニズムを排しユニヴァ―サリズムを掲げる」というのはフランスでは絶対の「政治的公正」でアイデンティティに組み込まれている。
マクロンだろうとル・ペンだろうと、本音は知らないが、その点では一致するし、「習い、性と成る」という部分は確かにあるなあと思う。

ローズの母親役のキャサリン・キーナーという人がマリーヌ・ル・ペンに似ているのでどきっとした。顔立ちというより、雰囲気で、タイプは違うのに、何かこわい。それをいうなら、ローズの顔のアップがマクロンに似ている、と言う人もいた。ここのところフランスでは嫌と言うほどこの2人の顔のアップばかり見せられていたからかもしれない。(これを観に行ったのは大統領選の直後だった)

後は、主人公クリスの大きな目ばかりが印象に残る。

シナリオもホラーというよりサスペンスで、よくできていて、飽きはしなかった。
ヴァイオレンスがあるのは分かっていたので目を閉じることにしたのに、音や音楽の効果からは逃れることができない。
生活感もかけ離れているし、直接私の悪夢に出てきそうなタイプの怖さのものではないからまあいいかと思って好奇心に駆られて観た映画だ。
ぬるいコメディよりはましかと思ったし、社会派映画を観る元気もないので一種の「逃避」だったのだけれど、実はこの映画を観る前に、個人的にショックなことがあって頭がいっぱいだったので強制的に気分転換を図ったのだ。

こんなことなら読みかけのエピクテトスを読み進めていた方がよかったかもと思ったが、「アメリカ」を通して「フランス」を考える時に、映画はとても便利なツールだと改めて感じた。


by mariastella | 2017-05-23 00:26 | 映画
<< 『Mommy/マミー』(グザヴ... 『2人で一つのプロフィール』... >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

by mariastella
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧