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L'art de croire             竹下節子ブログ

ローマ法王とフランス大統領 その5


その5

最後の共通点はヨーロッパ。

「新大陸」出身のローマ法王は「旧大陸」ヨーロッパのことを「おばあさん」と形容する。もう新しいものを産まないが元気に生きている。
フランシスコ教皇の祖父母はイタリアからアルゼンチンへの移民だった。
EU議会で各国首脳の前で、「人権とデモクラシーと自由の志士であるユマニスト・ヨーロッパはいったいどうなったのか?」と喝を入れたことがある。ヨーロッパは先祖たちのキリスト教インスピレーションとルーツを取り戻せば袋小路から抜け出せる。それはキリスト教世界の再建という妄想ではない「魂」の問題だ。

マクロンの方は、大統領選のマニフェストの中でヨーロッパを基軸にした唯一の候補だった。就任セレモニーでEUの公式音楽「喜びのうた」を流して登場したのも記憶に新しい。今のヨーロッパを無条件に賛美しているのではなく、フランス国民をよりよく守るようにEUを再構築するという。東欧からの労働者の給与システムの改正についてはすでにEUの議題に乗せた。EU規模の投資は強化しようとしている。

この五つ目の「共通点」は、よりEUのルーツ(『キリスト教の謎』第12章参照)に寄りそう教皇に対して、経済共同体としてのEUのプラグマティズムに立脚するマクロンのアプローチの仕方の違いがはっきりしている。

ヨーロッパのように、ギリシャ、ラテン、ケルト、ゲルマンとルーツがばらばらで、貴族の姻戚により混血が進み(それを可能にしたのはキリスト教文化圏の形成だった)、しかもアフリカ、中近東と近いことと植民地の歴史のせいで「異文化」からの移民が多いという多元的な地域は、ある意味で異種共生の可能性を探るかっこうのモデルでもある。
それを可能にするのは、やはりキリスト教型、それが世俗化したフランス共和国型の「普遍主義」の追求であると思う。

アングロサクソン型の共同体主義では、「同種」ばかりが固まって、出身地域の文化や伝統を維持しながらやっていけることになる。共同体内部の「掟」が基本的人権や民主主義といった近代国家の理念より優先することも往々にして看過される。
イギリスで続いたテロの操作において、そういったアングロサクソン型共同体主義の弱点がはじめて語られるようになった。
早い話がこういうことだ。

人間の共同体が同質で、掲げている理念が同じであると、異質な人は目立つ。

日本のような同質性が高い社会の場合もそうだ。「人と違うと目立つ」ので、ある意味でセキュリティチェックが自然に働く。
これがフランスだと、移民が来ても、全員をフランス語と共和国主義によって統合、同質化しようとするので、そこから逸脱する人はある程度目立つことになる。
イギリスだと、共存する個々の共同体が何語を話していても、独自の服装規定などを持っていても干渉されない。だから、ある共同体が過激化しても、あるいは過激な共同体(つまり自分たちの価値観と異なるものを弾劾する共同体)が定着しても、チェックしにくい。

ヨーロッパ単位で言うと、個々の国には独自の言語も習慣もあるのだけれど、その中のどれかがやはり過激化(つまりナチスドイツのように)するリスクを避けるために、共通の価値観を定めようとしたのだ。

共同体主義のイギリスがEUとなじめず離脱を決めたのはその難しさを表している。

ヨーロッパの真の共生が成功するなら、いつかそれが地球全体で成功するかもしれない。でもEUがこのまま崩壊するなら、普遍主義も地球の平和も夢物語だ。
「夢」を「夢」で終わらせないために、精神主義だろうがプラグマティズムだろうが、EUの理念を掲げるリーダーは存在し続けてほしい。

by mariastella | 2017-06-11 03:13 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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