ヨーロッパの歴史について普段フランス語で読んでいると、英語からの情報もたいてい含まれるので、必要に応じて原典を当たるだけで事が足りることが多い。
けれども、近代革命にまつわる言説については、フランスとイギリスの根本的な性格が違うので、フランス語の情報では看過されていることも少なくない。もちろん研究書はあるが、一般書や教科書からすっぽり抜けている。
その一つがチャーチスト運動だ。
フランスはイギリスの議会制度にもインスパイアされているくせに、啓蒙の世紀とその実現のフランス革命は自分たちの専売だと思っているらしくて、スティーブンスによる普通選挙論などはほとんど知られていない。
英語経由の情報の多い日本の方がネットにわりと詳しく出てくる。
チャーチスト運動のwikipediaには、スティーブンスのこういう一節がちゃんと出ている。
引用してみよう。
すごく好きだ。
「普通選挙とは、国内の労働者が良い上着を着、快適な家を持ち、食卓には良い食事を、健康を維持できる範囲で仕事をし、人生の恩恵を十分に受けるに足る賃金を、仕事の報酬として有する権利をもつことである。普通選挙によって、知識を頭に、原理を心に、気力を良心に、力を右手にもち、労働者が雇用主に堂々と対立できるようになり、労働者が工場にいるときでも、野原に行った時のように自由な気分でいるのを見たい。」
「知識を頭に、原理を心に、気力を良心に、力を右手に」労働するっていうのはいい言葉だ。
でも、この普通選挙って、成人男性だけを念頭に置いたもので、その点ではフランス革命の人権宣言も男権宣言だった。
チャーチスト運動は子供の権利も擁護していて、貧しい階級の子供を日の出前や日没後に働かせてはならないと言っている。
けれども、女性の労働に関しては、
女性を家の外で労働させてはならない、
女性の労働は家庭内に限ること、
男の子は戸外で駆けまわったり遊んだりするべきで、
女の子は両親の直接の監視の下で裁縫、編み物、料理を学ぶべきだ、
などと言っている。
出自、性別、信条などにかかわらない個人の平等と尊厳などの普遍主義が確立することが当時いかに「想定外」だったかが分かる。
イギリスなどで女性の権利が意識されるようになったのは、第一次大戦時の「銃後の守り」の活躍が評価されたことが大きいのはよく知られているが、それも要するに一種の「成果主義」だなあと思う。
女性も男並みに働けた、不可欠だった女性の力を提供できたからこそ認められたので、戦時に病弱だとか老人だとか、障碍者などだったら、性別にも関係なく邪魔者あつかいされるかもしれない。
自国のマジョリティグループに属している健康で働き盛りの男だったら想像力が及ばないいろいろなことがあるだろう。
私が外国で暮らす非白人で女性だったことは、自然と視野を広げてくれた。
その上今は若くさえなくなったことでますますマイノリティへの共感能力が増大しつつある。
とはいえ、前述のスティーブンスの言葉、
労働者が良い上着を着、快適な家を持ち、食卓には良い食事を、健康を維持できる範囲で仕事をし、人生の恩恵を十分に受けるに足る賃金を、仕事の報酬として有する権利をもつ
労働者が雇用主に堂々と対立できるようになり、労働者が工場にいるときでも、野原に行った時のように自由な気分でいる
などという理想は、今も実現に程遠いどころか、普通選挙のある国でさえ、格差の広がりやワーキングプアの問題などがますます深刻になっていることを思うと、何か別のアプローチが必要とされる時期なのかもしれない。