(今、取り込み中と移動中なので、「続きモノ」は後日再開します)
奈良市長選で、「疑問票」の取り扱いを巡って論議になっているという記事を読んだ。「疑問票」とは誤字脱字などを理由に、精査してから数え直す票だそうで、「今回の選挙では「仲」の字をにんべんのない「中」と書き間違えるなど仲川市長の疑問票が多くあり、これが勝敗の行方に大きく関わったというのです。有効・無効の基準を示したマニュアルには、ひらがな表記などについては明記されていますが、漢字の間違いについては記載がありません。」という。
前にも、同じような疑問票についての記事を読んだことがあり、その度に驚く。
フランスの選挙では、字を書かせるということがないからだ。
事前に登録済みの有権者の自宅に、候補者の紹介(マニフェストなど)と、投票紙(すでに名前や所属が印刷されてある)が届く。当日はその中の一枚を持って行ってもいいし、手ぶらで行っても、すべての候補者の用紙が投票所に積んであるので、みんな、誰に投票するか分からないように全部なり、何枚かなりを取り上げて、カーテンに仕切られた場所で選んだ候補者の名がある紙を封筒に入れてから、投票する。余った紙をその場でくず箱に捨てる人もいるし持ち帰る人もいる。
封筒に敢えて何も入れないとか、自分で他の名を書いた紙や白紙を入れるという「無効票」や「白紙投票」もやろうと思えばもちろん可能だ。
フランス人は悪筆だということももちろんあるし、候補者には外国起源の名も多いから綴りを間違える可能性も、日本で日本人の候補者の名前を書くよりもずっと多いのだろう。
フランスが何十年もこうやっているのだから、日本がコストや技術の関係で印刷済みの投票用紙を選ぶというシステムができないわけがない。識字率が高いからなのかなあ、と思ってネットで少し検索したら、《国政選挙で「手書き(自書式)」の投票を採用しているのは、 ほぼ日本だけだ》、というのが出てきた。
日本の投票率が低いというのはよく聞くし、選挙権を引き下げて若者に主権者意識を持たせて、とかいうのも聞くし、最近は、「LDP(自民党)新潟政治学校第2期生募集中。政治は オトコの身だしなみ。」なんていう驚きのツイッターも話題になっていた。
「手書き」っていうことが、どこかで無意識のハードルになっているのじゃないかと思ってしまう。
日本って、何かと言うと「外国では」みたいなのに「横に倣え」するのにどうしてだろう。
Wikiでは、記号式投票だとリストに並ぶ順に左右されるデメリットがあるとあったけれど、フランス式ならリストにチェックを入れるのではなくて、各候補者に一枚ずつ用紙があるので、順番は関係がない。
しかも、日本では、「1994年の公職選挙法改正により一旦は国政選挙における記号式が採用されたが、一度も国政選挙が行われないまま、翌1995年に自書式に戻された」とあった。
誰のどういう思惑が働いているのだろう、と思ってしまう。