スウェーデンのカトリック その2スウェーデンでカトリックが今だに政治レベルで過小評価されているのは、アンダース大司教が枢機卿となったニュースに国王も首相も祝いのメッセージを送らなかったということに現れている、と枢機卿は言う。 議員で唯一祝いを述べたのは福音派の保守党女性議員だけだったそうだ。 (と言われても、日本人にはピンとこない。フランスでもピンとこない気がする。政教分離が進んだ世俗国という点では日本とフランスは似ているから。スウェーデンと似たケースでは国教会のあるイギリスだろうが、イギリス人が枢機卿に任命されたらはたして女王や首相が礼儀上祝辞を述べるのだろうか。検索してみたが分からなかった)
ともあれ、アンダース師の枢機卿任命は、スウェーデンのプロテスタント諸派からは祝辞を受け、何よりも、マスコミ、メディアが大きく取り上げたのだそうだ。 そのせいで街を歩いていても、人々から声をかけられたし、最も人気のある夏のラジオ番組にもゲストとして呼ばれた。ルターの改革500年記念というのに、すっかり「宗教離れ」しているスウェーデンでは大した話題ではなく、ルーテル教会の牧師らは誰もメディアから呼ばれていない。 同じ首長を頂く一宗派として世界最大の普遍宗教であるカトリック教会にスウェーデン人の枢機卿誕生が生まれたことは、「アイス・ホッケーの世界大会でスウェーデンが優勝するようなもの」なんだそうだ。 普遍性が担保するナショナリズムなのだろうか。
各国に難民の受け入れを呼びかけるフランシスコ教皇は、スウェーデンの移民受け入れと統合を模範的なものだとしばしば口にしている。それは本当か? と問われたアンダース師は、「一昔前まで、スウェーデンはバチカンの妊娠中絶反対の立場などに異を唱えていたが、今はバチカンがスタンスを変えることはないと理解した。今も、良心に従って中絶を拒否した二人の助産婦をめぐって議論があるがスウェーデンの立場も変わらない。」と言う。 確かに、平和主義、武器廃棄、難民受け入れ、貧困との戦いについてはスウェーデンとバチカンのポジションは同じだ。 と言っても、スウェーデンでも移民・難民地区での銃撃や麻薬の問題があり、ストックホルムは実はヨーロッパで最大の、社会地位による棲み分けが進んだ首都だ。一見寛容だと言われるが、スウェーデン人と移民との間の緊張は高まっている。教皇は理想化したイメージを持っているのかもしれない。
なるほど。 スウェーデンでも、フランスと同様、民族や出生地別の統計は禁じられているという。 でも、移民統合政策で教育社会主義が徹底しているはずのフランスでも事実上、移民ばかりが暮らす地区というのがあってゲットー化するのは事実で、「統計」に基づいた「逆差別」政策などがない分、偽善的だともいえる。
プロテスタントとカトリックの宗教間対話については、
以前は「解決困難な問題点」に集中して話し合われていたけれど、今は、「共にできること」について話し合うという。カトリック教会と世界ルーテル派連合は「確執から交わり(コミュニオン)へ」という共同声明にサインした。救いにおける教会の役割や秘跡についての話し合いでは先に進めないが、洗礼の意味や、人間観や福祉を出発点について話し合うことはできる。月曜には共同の祈りをするし、共同の黙想会もやっている。福祉活動でも我々は大切な役割を果たしている。
だそうだ。 枢機卿は続ける。
スウェーデンのルーテル教会はプラグマティックで、信者に社会活動を呼びかけるが、霊的な感性に向かうというイメージがない。今は、もし神の恩寵についての説教を聞きたいなら、プロテスタント教会よりもカトリック教会に行け、と言われているほどだ。
ラテン・アメリカやアフリカからの移民にはルーテル教会やカトリック教会でなく福音派教会に惹かれる人が増えている。 カトリック教会にはヴァイタリティが欠けているという人がいる。カリスマティックな運動には好き嫌いがあるが、私もこの夏にブラジルのシャロム運動のコミュニティに行き、ハレルヤ・フェスティヴァルにも参加する。彼らはスウェーデンに支部を置きたいと言っているが私は歓迎する。
だそうだ。
何だか、ラテンなカリスマティックはスウェーデンのイメージに合わない気もするが。 福音派というのはメガチャーチや、派手な演出、マーケティング、奇跡や異言がバンバン起こりそうな熱狂的な感じがして、アメリカでもすごい勢いで広がっている。カトリックのカリスマ派というのは、もっと閉鎖的で原始教会にインスパイアされた感じの共同体という感じだったが、カトリックから正式に認知されているので、福音派に惹かれるタイプの信者を吸収できている面もある。
で、スウェーデンに進出するというシャロム共同体、日本語で検索してみたらこういうのがあった。
マニフェストみたいなのを見つけた。 http://www.ultraman.gr.jp/shalom/shalomkyoudoutai.htm
安曇野で、自然と共生して持続可能な幸せな暮らし、ヒュッテ、オーガニックレストランやカフェ、ショップなどもある。経済は友愛であるという共生システムで21 世紀の生き方を考える、ともある。
どちらかと言うとディープ・エコロジーでキリスト教っぽくはない ブラジルのシャロム共同体というのは、1982年にできたもので、2007年に世俗の共同体としてバチカンから認可されている。
ネットによると、パレスティナでユダヤ人とアラブ人の平和のための運動が呼称のルーツともあるし、日本のシャロム共同体というのは単に同名だけなのかもしれない。
『ラ・デクロワッサンス』なんかとも相性がよさそうだ。
マニフェストには
「分離の時代は終わりました。これからは一つに溶け合う時代です。あなたと私。宇宙もすべてが一つなのです。ジョンレノンは歌います。国がないということを想像してごらんと。今流れは分離対立から融合調和へと向かいひとつになろうとしています。人間も自然も木も草も虫も月も星もみんながつながっています。 それは、階級と競争による対立の時代、物質文明の時代から、自立した者同士による智恵の時代、精神文明の時代へと変化を促す、宇宙の意志の現れかも知れません。」
とある。
うーん。
「宇宙の意志の現れ」を「神のみ旨」と言い換えたら、カリスマティックや福音派にもつながるのかも。
しかしこういう流れは私のすごく苦手なものだ。「一つに溶け合う」のも嫌いだけれど、今世界が「精神文明の時代」へと変化するという言説は、カルト宗教にあってもおかしくない。
私は何にでもそうだが、「正論」に対しては「総論賛成」なんだけれど、具体的な共同体や指導者の顔が見える「各論」になるととたんに警戒するタイプだ。
もし本当に、カリスマティック共同体や福音派のメッセージが伝わっているなら、この世はもう少しましになっていてもいいと思うけれど。
スウェーデンのカトリックに関して書いているうちに話がそれてしまった。 北欧諸国というと、生活の質が高くて福祉と経済成長が融和している「成功例」みたいなイメージがあり、いろいろな意味でそれを可能にする程度の規模の国々なのだと思っていた。でもどこの国でも「世俗化」と、理念、理想の追求とが両立するためにはいろいろな工夫や努力が必要なのだなあとあらためて考えさせられる。
「総論」が実現するのは「神の国」だけで、「各論」はいつも誘惑と落とし穴だらけだ。でも、この総論と各論の間をどうやって行き来して「神の国」の方向にかろうじて顔を向け続けていられるかが大切な課題なのかもしれない。
日本国憲法の前文と中身もそんな関係だったりして。
by mariastella
| 2017-08-01 05:01
| 宗教
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