これが、宝物庫の最終部分にある聖ステファノの聖遺物。(多分)
部屋の前にはそう書いてあるが、棺の前には説明書きが見当たらない。
宝物庫そのものは昔地下にあって、大戦の火災を免れて、戦後大聖堂を再建した際に大オルガンの上の部分にまとめられた部分なので、内陣のは墓所のように薄暗くも迫力ある趣があるわけではなく、歴史美術の博物館的な空気。
棺の中には、着ぐるみのような体が安置してあるが、どう見ても、立派な衣装で包んだ人型だ。で、顔の部分だけが、薄い布で覆われた髑髏のような感じだ、殉教者を表すオリーブの枝の冠、ステファノの見た日の光にちなんだ日輪などから考えて、やはりこれがステファノだと思われる。
普通は骨一本でも聖遺骨はこんな感じで立派な容器に入って布や宝石で飾り付けられて安置されている。
ということは、ウィーンには、「ただの骨」ではなくてありがたい頭蓋骨が聖遺骨としてもたらされたからこそシュテファン大聖堂の威光が増したのだろう。普通は頭蓋骨の聖遺骨でも、頭の部分だけ飾られて置かれているから、全身を再現したつくりはなかなか凝ったものだと思われる。
前にも書いたけれど、これが本当に、イエスの使徒のステファノの頭蓋骨なのか、十字軍が偽物をつかまされたのか、当時の人々が本気で信じたのか、いつから信じなくなったのか、それでもそのまま祀っていていいのか、などなどという疑問は私にとって重要ではない。
カルヴァンに批判されるまでもなくキリスト教のメインメッセージと関係ないと思われる類推魔術の心性がどういう形で表現されてきたのか、
人々がなぜこのようなよすがを必要としたのか、
それが何をもたらしたのか、
共同幻想のような力がどのように働くのか、
この聖遺物に託されてきた多くの人の濃密な思いの残滓はまだ残っているのだろうか、
などの問いが次から次からわきおこる。
その答えの一部は、言語的ではない形ですぐに与えられた。
同じシュテファン大聖堂の地下墳墓の中で。(続く)