バルセロナのテロとサグラダファミリアバルセロナの中心街に軽トラックが突っ込んだ時は、またニースのような間に合わせのテロかと思ったが、計画的にパリの同時多発テロと同じ種類の弾薬を多量に周到に用意していたらしいことが分かってきた。それが誤って爆発して死者まで出して、絶望したテロリストが車で突っ込んだのだという。 まだバカンス中で、多くのフランス人がバルセロナにいて、実際30ヵ国以上の国籍の死者や怪我人の四分の一はフランス人ということで「世界にこれまでバルセロナに行ったことがないという人なんているでしょうか」などと口走ったレポーターもいたが、それほどショックを受けたということらしい。 そしてサグラダファミリア聖堂が、シンボルとして何度も出てきた。 今回のテロで何度もカタルーニャ警察が、カタルーニャ政府が、と発表されて、スペイン警察とかスペイン政府がとか言われなかったので、あらためて、バルセロナ人にとってバルセロナはまずカタルーニャなのだということを思い出した。 私が最後にサグラダファミリアに行ったのは2003年の秋だ。もう10年以上も前になる。その時もじっくり見て回ったのはバルセロナのカテドラルの方だった。見どころがたくさんあるすばらしい聖堂だ。 で、サグラダファミリアでは、その近くにいた数人の地元の人にインタビューしてみたら、彼らは全員、サグラダファミリアこそがカタルーニャのシンボルだ、というのだった。「あの立派なカテドラルは?」とたずねると、「あれはローマのものだから」と答える。 驚いた。 パリのノートルダム大聖堂を「ローマのものだ」という人なんてみたことがない。 確かに、サグラダファミリアは、ある信心会(特に聖母の夫である聖ヨセフへの崇敬がもととなっている)のイニシアティヴで建設が決まって、そこにガウディがからんで、バチカンから一銭の援助もなく、個人の寄付と毎年400万人と言われる見学者の入場料だけで建設が続けられているという。 サグラダファミリアが、バチカンから、ベネディクト16世によってバジリカ聖堂という称号を得て祝別されたのは、私が最後に訪ねた後の2010年のことだ。(当時このブログにも記事を載せている。ガウディ列福の可能性のことも。ガウディは復活祭の四旬節の断食で死にかけたこともあり、晩年は隠修士のように暮らした熱烈な信仰者だったらしい。) バルセロナのカテドラルとサグラダファミリアの関係は、一見、パリのノートルダムとサクレクールの関係に似ている。 ノートルダムは司教座聖堂のカテドラルで中世からの由緒あるゴシック教会だ。 サクレクールは、1870年の普仏戦争に負けたフランスで、その敗北は政治のせいでなくてフランス人の霊性が失われたからだという人たちが出てきて、贖罪のためにイエスの聖心に捧げる大聖堂の建設を計画してできた。1872年にパリの大司教がそれを許可し、翌年、ローマ教皇も合意して少し資金を送り、後に国民議会で公共の有用性があると認められてゴーサインが出た。代々の大司教がサクレクールの法律上の所有者とみなされることも決定された。 その後、第一次大戦のせいもあって、サクレクールがバジリカ聖堂として教皇代理から祝別されたのは1919年のことだ。(ここでバジリカというのは、教区を持たない教会で、聖地、巡礼地として認められるということだ。ちなみに、祝別時に納められた聖遺物はもちろん昇天したイエスの心臓ではなく、殉教者ピウス、デメトリウス、パシフィクスらの遺骨がローマからもたらされたようだ。) バルセロナの事情は正確には分からないが、パリからの類推だと、では、2010年まサグラダファミリアは、巡礼地ではなく、プライヴェートな聖堂で「観光地」だったのだろうか。でも、2010年にわざわざローマから教皇が来て祝別したということは、あの、「これこそがカタルーニャの教会」、と誇らしげに言っていた人たちにとって、なんだか、「ローマに組み込まれた」ような印象を与えなかったのだろうか。 その辺の事情をもっと調べてみたい。(ローマ教皇から祝別された時の「聖遺物」は何だったのだろう。) で、今回のテロのすぐ後で、まず、金曜日にバルセロナのカテドラルで大司教による犠牲者追悼のミサがあった。こういう時はやはりカテドラルなんだなあと思って聞いていたら、日曜にはサグラダファミリアで追悼ミサがあり、そこには国王夫妻や政治家、外交官も列席した。ミサを司式したのは、カテドラルの主である大司教だ。 このテロが2010年より前に起こったものだったなら、あるいはサグラダファミリアが今まだバジリカ教会だと認められていなかったのならどうなっていたのだろう。 また、国王夫妻が来ることで、この悲劇がカタルーニャの悲劇でなくスペインの悲劇という感じになることをカタルーニャの人はどう思ったのだろう。 バルセロナとマドリードのライバル関係も半端ではないし。 いや、観光産業が大切なこの町で多くの国の観光客が犠牲になったのだから、カタルーニャというより「国際社会」向けのメッセージが大切で、そのためにはローマ・カトリック色の強いカテドラルよりもモダニズムのシンボルであるサグラダファミリアがぴったりだとみな納得したのだろうか。 同じ日曜日の夕方、パリではカテドラルであるノートルダム大聖堂で犠牲者追悼のミサがあげられた。フランスでは、1905年の政教分離法以降、ノートルダム大聖堂の所有者はカトリック教会ではなくフランス共和国である。 今回のテロリストたちには、実は、サグラダファミリアを爆破しようという計画があったと言われている。スペイン有数の観光地を狙うという意味と宗教施設を狙うという意味で相乗効果を期待していたのかもしれない。 肥大を重ね、完成が2026年とかで、いろいろな問題も取りざたされているサグラダファミリアだけれど、今回、「テロの現場」とはならずに「追悼の場所」となり得たことで、ガウディの思いや「聖家族」のご加護に思いを馳せた人たちも、カタルーニャにはきっといるにちがいない。
by mariastella
| 2017-08-21 06:28
| 宗教
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