ウィーンの話 その9 楽友協会と中国人観光客アウグスティーナ教会での中国人に向けた「声を出すな、拍手もするな」というコメントに人種差別を感じて不快だったことを前の記事に書いた 。 ところが、その後で、楽友協会のコンサートに行った時のことだ。 楽友協会のゴールド・ホールといえば、ウィーンフィルの本拠地で、毎年のニューイヤーコンサートのヨハン・シュトラウス演奏で、超メジャーな「巡礼地」だ。 ウィーンフィルはバカンスだが、観光客のためにいろいろなコンサートがあり、私は18世紀のコスチュームで演奏するモーツアルト・オーケストラの公演に行った。古楽器ではない。 ![]() バリトンとソプラノの歌手も一人ずついて、オペラの衣装を着て、「パパゲーノ」などを披露してくれる。 いわば「軒を貸している」だけだから、楽友協会のグッズが買えなくて、モーツアルト・オーケストラのグッズしか買えない。 それでもわくわくする。 ![]() ![]() ところが…ここの中国人客の多さに驚いた。 明らかに団体ツアーと思われる人がたくさんいる。 左右のバルコン席には、小さい子供たちも鈴なりになっているのだ。 そして、席に着いたらすぐに、周りの中国人たちの撮影会の嬌声、 だけならまだいいが、私のすぐ後ろの数人の中国人がすごい大声で何かをまくしたてている。 連れが「彼らはきっと自分の畑のニンジンの収穫量を競っているのに違いない」とつぶやいた。 私は、野菜を栽培している人に偏見などないし(むしろ尊敬)、収穫量を競おうと別にかまわない。でも、その時に、その比喩が、あまりにもぴったりしていたのには笑えた。 どう考えても、ウィーンの話やモーツアルトの話や楽友協会の話をしていない。音楽の話もしていない。 撮影会をしている人たちからは「わあ、ここってやっぱりすてきねー」という雰囲気の言葉が聞えてくるし、華やいだ感じだ。 でも、私の後ろの男性たちは、周りも見ていないし、完全に自分たちの世界であたりかまわず大声で何かを張り合っているのだ。 それがトーンダウンせずに延々と続く。完全に騒音公害レベルだ。ショックだった。振り返ってその姿を見ると、派手なドラゴン模様のTシャツだった。 もちろん、ニューイヤーコンサートの着飾った紳士淑女たちというのは期待していないし別に望んでもいない。観光客レベルでいいのだ。私も観光客だから。 でも、これはひどすぎる。 結局、この人たちの大声の会話は、演奏開始ぎりぎりまで続き、演奏中にも声を発したのでそれはさすがに周囲から「シーッ」ととがめられて黙った。そして演奏が終わるとすぐに話の続きが始まる。 幕間もずっと同じ調子で、私は耐えられなくて席を外した。 オーケストラの方は、指揮者も歌手も含めて、サービス精神に富み、自分たちのやっていることが楽しくてしょうがないという感じのプロで、完全に満足できたので、この中国語の洪水というより爆撃のような状態には辟易して、ふと、アウグスティーナ教会の指揮者のコメントを思い出した。 彼が一度でもこういう環境で教会コンサートをする羽目になったことがあるなら、トラウマになることは大いに理解できる。(そういえば、パリのメトロの車両でも、中国人の団体が大声でノンストップでまくしたて続けるので降りてしまったという友達の話をきいたことがある。) バルコンにいる子供たちの方は、演奏中も出たり入ったり、席を変わったりしている。大人たちが注意する様子はない。皆リラックスしている。 私の席からは遠いのでさすがに声や音は聞こえないのだけれど、カルチャーショックでできるだけ見ないようにした。演奏者たちは慣れているのかもしれないけれど、私なら自分が演奏する時に子供に動き回られると耐えられないと思う。 ひとつおもしろかったのは、子供の1人が、音楽に合わせて指揮を真似始めたことだ。7,8歳くらいの少年だが、ただの真似ではなく、音楽の流れをつかんで没頭している。席を立ち、手すりに乗り出して、全身で、振りが大きいので、もし私がそばの席にいたら迷惑で注意したかもしれないが、その子の周りもみな子連れのグループで誰も気にしていない。 で、完全に曲に入りきっている。リズムも先取りしている。 指揮者の大野和士さんが、3歳の時にテレビで指揮者の姿を見て指揮者になると決めた、とおっしゃっていたけれど、この子も未来の大指揮者かも。しかも、ウィーンの楽友協会でモーツアルトの音楽で指揮に目覚めるって、贅沢だ。 このコンサート、私の後ろの席の中国人や動き回る子供たちは別として、もちろんみなが、「雰囲気」を楽しみに来ている。 で、サービス精神あふれるこのオーケストラは、アンコールで、なんと、18世紀のコスチュームのまま、「美しき青きドナウ」を弾き始めた。観客席が嬉しい驚きで一気に盛り上がる空気が感じ取られ、一人一人の演奏者も幸せそうな笑顔になっている。 すごい拍手。 で、アンコール二曲目。 これもまた、ニューイヤーコンサートのラストでお約束のラデツキー行進曲だった。その日の午前中に王宮でラデツキー将軍の肖像画を見てきたところだったので、ますますウィーンっぽい。 で、これもお約束の手拍子。指揮者が時々振り向いて、上手に観客を誘導。最高に盛り上がる。すごい音。 私はわりと複雑な気分だった。 ニューイヤーコンサートの楽友協会ホールでシュトラウスを聴けたのだから、「観光客」としては最高だけれど、モーツアルトとシュトラウスではまったく違う。 そして私はもちろんモーツアルト派だ。 しかも、手拍子というポピュリズムに時として耐えられない。 去年パリのフィルハーモニーで2000人近い聴衆の前でこれも200人もの人数で軽快な曲を弾いたとき、指揮のジル・アパップがリハーサルで私たちに言ったのは、絶対に手拍子の音を聴いてはならないということだった。ホールの反響のせいで、手拍子は演奏者にとってわずかにずれて聞こえるからだ。つまり、聴衆は演奏家と一体になったつもりで手を叩いているけれど、演奏者は大音量になる手拍子には耳をかさずに、指揮者だけを見て弾かなければならない。 それだけではない。この雰囲気で、ウィーンは、やはり「シュトラウスのウィンナワルツの町」なのだと思い知らされた。モーツアルト・オーケストラの人たちも実はシュトラウスを弾いている時にこそ生き生きしているようではないか、日本人の演歌みたいなものではないか、と思った。 モーツアルトは確かにウィーン観光の目玉商品だから、みな演出にいろいろ工夫してはいるけれど、モーツアルトの生きた後期バロックのエスプリなぞ、本当は誰も分かっていないで、19世紀ロマン派音楽で上書きされてしまっているのではないだろうか。 ウィーンの人々にとって、モーツアルトは商売道具でシュトラウスが本音なのではないのか、と思ってしまった。 外に出たら、きれいな月が出ていた。 ![]() 向こうに見えるのは聖カルル(シャルル・ボロメ、カルロ・ボロメオ)教会(カールス教会)の丸屋根。これは18世紀前半の、バロック後期の美しい教会だ。私のレパートリーのフランス・バロック曲と時代がかぶる。 シュトラウスとは程遠い。 ![]() 楽友協会は1870年、シュトラウス時代ばりばりの建物だ。
by mariastella
| 2017-08-24 02:11
| 音楽
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