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L'art de croire             竹下節子ブログ

イザベル・ユペールとカトリーヌ・フロの共演『仲違いする姉妹』

暇がないのに先日テレビでつい映画を見てしまった。


2004年の映画で、イザベル・ユペールとカトリーヌ・フロという、絶対にうまい2人の女優の共演だからだ。

『仲の悪い姉妹』というニュアンスのタイトルで、いつもの通り、もし日本で公開されているなら邦題を書こうとして検索したら、驚いたことに日本語のwikipediaではユペールの作品リストにもフロの作品リストにもこの映画が載っていなかった。

一つ検索に引っかかったのがこれで『仲たがいする姉妹』というのが「仮題」とされていた。


アレクサンドラ・ルクレール監督の第一作で、当時監督は2歳上の実の姉と絶交してから5年経っていたそうだ。つまり実体験にインスパイアされた映画だそうだ。


今から13年前の映画だが、こういうパリの日常のテーマでは、たった10数年で、決定的なアイテムが変わったなあとまた思う。すなわち、携帯電話やスマホだ。


姉が妹をモンパルナス駅に迎えに行くときに遅れてしまって待たせるなど、今なら携帯メールやLINEを使うだろうし、妹が初めて行く出版社の場所を探して大きな地図を広げるシーンも、今ならスマホのGPSとかマップで確認しているだろう。この映画では地図を広げるシーンが「おのぼりさん」の演出になっているが、今は誰でもどこへでもすいすい行ける。

ストーリーに出てくる各種の「浮気」や素行についても、携帯などがあればやり方もばれ方も違っているだろうな、と思う。

原稿だってメールに添付して送っているだろうし。

で、そばかすだらけのイザベル・ユペールがうがいをしている顔のクローズアップの冒頭シーンから、夫の息遣いの粗さにいら立つシーンが続き、もうなんだか、恐ろしい予感がする。

6歳の一人息子がいるブルジョワ夫人マルティーヌを演じるのがイザベル・ユペールであり、その後に、ル・マンからパリに向かう超特急の中で無防備に眠りこけているエステティシャンである妹ルイーズを演じるカトリーヌ・フロの姿が映される。

ルイーズは、男に一目ぼれして7歳の息子を2年前に捨て、その男と暮らしている。その体験を小説に書いて小説家への転身を図っているのだ。

カトリーヌ・フロが大柄であることがあらためて分かる。ひょっとしてユペールが小柄なのかもしれないが、彼女の存在感はいつもすごいので、なぜか大きく感じていた。

で、姉妹は、子供の頃に『ロシュフォールの恋人たち』の歌としぐさを真似ていたほど仲が良かったのに、今は施設に入っているアル中の母親からなじられるというつらい過去を持っていることが分かる。

パリのエリートたちと付き合っているけれど、実は学歴もなくコンプレックスを抱えていて、母のようになりたくなくて酒を飲まないマルティーヌと、自然体でおしゃべりで、エステティシャンなのにがさつといえばがさつで田舎者のルイーズの組み合わせが次第にあらわにしていく人々の嫉妬や不幸や絶望が辛らつに描かれている。

それまでカトリーヌ・フロを起用した監督はイザベル・ユペールを使ったことがなく、逆も同様だそうで、それほど、タイプだけでなくなんだか女優としての「質」がまったく異なる二人なのだけれど、新人女性監督のこの映画によく共演したなあと思う。

カトリーヌ・フロはコメディが得意だけれど、『偉大なるマルグリット』のように、裕福なのに不幸な悲愴な女性も演じられる名女優だ。実際のところ、この2人の実力なら、ルイーズとマルティーヌの役を取り換えていたとしても、立派に通用していたと思う。そういうケースを想像するだけでも倒錯的に楽しい。

 貧しい境遇で育った姉妹の片方がパリのブルジョワの専業主婦になり、もう片方は故郷に残ってたくましく生きていた、前者は偽善的でスノッブでその裏にコンプレックスがあり、後者は素朴で生命力に満ちているという、まあステレオタイプの話なのだが、姉夫婦の底に流れるのは、浮気をする夫も冷たい妻も、どちらも本当は「愛してほしい」と思っている渇望だ。

「愛してほしい」と悶々とする夫に対して、愛し方の分からない妻がいる。

実はそっちの方が深刻だ。愛し方の分からない人というのは、「愛されたことがない人」であるケースが多いからだ。愛することも学びなのだ。


姉妹は母親に愛されなかった。でも妹は、ある日恋をして、愛することを育んで、ついに相手に手紙を書いた。そして「生きる」ことを知ったのだけれど、その代償は夫と息子を失うことだった。


両親などから分かりやすい愛を享受できなかった人にとっては、「愛されること」も学びとらなければならないのかもしれない。愛にもいろんなレベルがあって、大きなレベルでいのちを受けたことそのものが「愛」の体験なのだと「気づく」というプロセスを経てようやく他者への愛に向かう人もいる。


この映画の中で、アーティストになるために一番必要なことは何かと問われたギャラリーの経営者が、「générosité」と答えるシーンがある。「寛容」と訳されるが、「気前の良さ」というのに近い。もっと近いのは実は無償性というか、要するに計算高いことの反対だ。コスパや権益を考えていたらアートなどはできない。その意味ではアートも限りなく、愛に、似ている。


イザベル・ユペールもカトリーヌ・フロも、女性としてはどちらも苦手なタイプだ。なじみのデパートだとか街並みも出てくるのに、距離感がずっと消えなかった。私には、姉妹が、いない。



by mariastella | 2017-09-03 05:40 | 映画
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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