哲学の月刊誌『Philosophie magazine』の「真実とは何か」の特集で、久しぶりにMichel Serresがインタビューに答えているので買った。
もう87歳だが、もっとも信頼できる知識人の一人。
今の情報社会では「真理」を求める方向が変わってきている。
「アスピリンは効くのか?」というのを調べる代わりに、
「アスピリンは効くと思っている人はどのくらいいるのか?」という方向になっているのだ。
真理とはいつも、長く、謙虚で、忍耐強い探求の実りである、という。
探求の過程そのものに真理が宿っているのかもしれない。
その方向が間違っているかもしれないという可能性を認める謙虚さも必要だ。
どこに軸足を置くかによって、論理的思考も変わってくる。
天動説と地動説みたいなものだ。
科学的真理とは別に、軸足を置く場所から見た真実というのもある。
みんなが地動説を認め、地球が太陽の周りを回っていることは納得しながら、毎日の生活ではやはりどの国でも、誰にとっても、日が東から昇り、西に沈み、太陽が高くなったり低くなったり、月が満ちたり欠けたり日が長くなったり短くなったりする。
それを蒙昧だとして表現が修正されることなどない。
真理の探求の出発点からすでに足元を確認する必要があるわけだ。
ついでにフリーメイスンの雑誌を買ったら、1999年にロシアからフランスに戻ってきた文書についての記事があった。
1940-45年、フランスのフリーメイスンは表向きにはすべて壊滅し、多くの文書が破棄されたのだが、ソ連のKGBの書庫に、グラントリアンの文書が段ボール750箱、フランス・グラン・ロッジのもの350箱、人権ロッジのものが30箱保存されていたのが冷戦後に分かったのだ。
全部で数十万点という記録は、18世紀以来、共和国の教会と呼ばれるくらいにアクティヴだったフランスのフリーメイスンの貴重な歴史を伝える。おもしろい。