問 12
リンボ(古聖所,孩所:洗礼を受けなかった幼児やキリスト降誕以前に死んだ善人の霊魂が死後に住む地獄と天国の中間にある場所)ってあるの?
リンボは、特に洗礼を受ける間もなく死んでしまった赤ん坊を受け入れる場所とされていました。カトリック教会は、神が彼らに恵みを与えないとするなどは考えられないと判断して2007年にそれを信ずる必要がないとしています。
Sekkoのコメント
この話を聞くと、思い出すのは、大学時代に見た映画『スケアクロウ』のラストの衝撃だ。妊娠していた妻を五年間も放置していた元船員のアル・パチーノが恐る恐る妻に電話すると、五歳の息子の傍らにいる妻は、子供を産む前に転んで死産した、洗礼を授けてもらっていなかったから子供は地獄に堕ちている、自分はもうすぐ再婚する、と嘘をつく。そのことに衝撃を受けたアル・パチーノは錯乱して、地獄に堕ちた我が子を救うかのように叫びながら、公園にいた子供を抱いて噴水に飛び込み、相棒のジーン・ハックマンに助けられる。
「赤ん坊が洗礼を授けられずに死んだから地獄堕ち」というのは、中世の話かと思っていた。中世でさえ、それではまずいから、形だけいったん蘇生させたことにして急いで洗礼を授けてから埋葬するという習慣があったことも知っている。
アル・パチーノだから、アメリカのイタリア移民でカトリックという想定だろうが、そんなに、錯乱するほどの衝撃なのかと驚いた。もちろん、望みをかけていた妻子との再会の夢が破れて、妻も子供も失った絶望が、「地獄堕ち」という言葉に集約されて増幅したのだろうし、妻も、身勝手な夫に子供を会わせたくないことと、不在に対する一種の「罰」として地獄堕ちなどという言葉(多分夫の泣き所だと知っていて)を口にしたのだろう。
それでも、1970年代半ば、20世紀のアメリカで、そんなことを信じているのだなあ、と印象的だった。そういえばやはり同じころ見た『ゴッドファーザー』のラストシーンもアル・パチーノが代父となった甥の洗礼式に出席しているところだった。ゴッドファーザーという言葉自体が代父(=洗礼親)ということで、イタリア系マフィアにおいて「洗礼」の持つが意味が大きいことは分かるのだけれど。
それにしても、2007年まで待たなくても、昔から赤ん坊には即地獄堕ちではなくて「リンボ」という場所があったのに、妻が「永遠に天国には行けない」と言ったことがこたえたのかもしれない。
天国にしても地獄にしても、様々な「あの世」の表象は、生きている人たちを愛や信頼で結びつけるものであればいいけれど、脅したり罰したり関係性や人間性を壊すものとして使われるのはよくないなあ。