問 14 復活は転生とは両立するの ?
転生を信じるということは、同じ魂が「再生」のサイクルの中で次々と複数の肉体を生きると信じることです。「復活」はそうではありません。復活の考えでは、私たちは肉体の死と共に地上での生き方とは別の生き方を始めることになり、それは最終的なものです。
Sekkoのコメント
以前『ヨーロッパの死者の書』の中で書いたことがあるけれど、夭折した子供の「転生」みたいなものを教会が例外として容認する場合も実際には存在した。
まあ、神さまは全能なのでその気になればなんだってしてくれる。新しく生まれた子供がその前に亡くした大切な人の「生まれ変わりだ」と思って慰められるという人間の感情が普遍的にあるのだとしたら、そういう必要に対応するのが宗教の知恵だともいえる。
日本の仏教だって、亡くなった人たちが49日後にどこかに転生してしまったと思うよりも、誰でもちゃんと「成仏」して、または「極楽」に行って、生きている人を見守ってくれる(しかもお盆に戻ってきてくれたり‥)という方向で根付いた。
「転生」は、どこか遠くに行ってしまったり、ステージの低い動物だの虫だのに「格下げ」になってしまったりと考えるのは嫌だけれど、愛することのできる身近なものに「生まれ変わってくれる」と考えられるときに慰めになる。
私にも死んでしまった愛猫が存在の形を変えて私と共に生きていると思える気持ちと、49日後に生まれた子猫をさがして生まれ変わりだと思いたい気持ちが両方ある。
愛の形を継承、再生するという意味では、その二つはひょっとして両立するのではという気も、しないではない。