タンブラン、デュフリーのシャコンヌと私の幸運
フランスに帰り、新学期が始まって、時差にもめげず月曜にクラシックバレエのレッスンに行ったら、教師が病気で中止だった。そういえば彼女は前から足の不調を訴えていた。木曜日にはバロック・バレエにも行ったが、クリスティーヌもあちこち痛みを抱えている。
満身創痍だ。 ダンサーというのは職業病みたいに故障が絶えない。
フィギュアスケートの羽生選手が転倒してグランプリをあきらめ、五輪出場も心配されているというニュースをネットで見た。あのスピードと高さから転倒するのが固い氷の上、技術の難易度がどんどん上がって事故のリスクは大きい。世界最高のレベルの人でも悲惨なことになる。体操競技の転倒ならマットの上だし、他の競技なら、うまくいかなくても記録が落ちるとかですむし、格闘技ですら、スケートほどには事故のリスクが大きくない気がする。 それにしても、平均的な人よりもはるかに体力、精神力、運動能力に優れているダンサーやスポーツ選手たちが普通の人以上に痛みやら怪我に苦しむことの不条理をいつも感じる。 クリスティーヌはガボットやリゴドンについての研究をさらに進めて新しい成果を教えてくれた。結局、最も手掛かりの少ないのがタンブランで、踊れるタンブランはラモーしかない、というので、私はミオンのタンブランのことを話した。ミオンのタンブランを弾いているのは世界で私たちだけだから知らないのも無理はない。2010年にはバロックダンサーとも共演した。 今回の公演ではダルダニュスのタンブランを二つ、ミオンのタンブランを一つ弾いた。バロックダンスの音楽として非常に興味深いものだ。 新学期のバレエはキャラクター・バレエの一種で「農民の踊り」。ガボットの一種で、パ・ド・ブレがなくて、ほとんどジャンプばかりで構成されている。疲れる。 金曜日は、弦楽のアンサンブルで、モーツアルト、バッハの他にシューマンを初見で弾いた。 日本でのコンサートの準備でヴィオラをほとんど触っていなかったから新鮮だ。 ロマン派の曲を弾くのも聴くのも新鮮な感じがする。 ヴィオラのアンサンブルから戻ってすぐにトリオの練習。 今回はDVDの宣伝もあって『レミとミーファの冒険』風に弾く第二部やファミリーコンサートもしたので、「レミとミーファはもういい」という感じで、デュフリーのシャコンヌやロワイエのパサカリア、ラモーのリトゥルネルなどを久しぶりに弾く。 デュフリーのシャコンヌはまるで私たちのトリオのために存在しているかのような曲だ。チェンバロで弾くとモノクロで、ギターだと極彩色だ。 ロワイエのパサカリアのミスティックな雰囲気にもあらためてぞくぞくする。 前に弾いていた時よりも余裕と距離感ができて、シャコンヌの情景が変わる度に弾きながら驚いたり楽しんだりできる。ロワイエに至っては、一音ずつ情景が変わる。 トリオの二人は私への花束を抱えてきた。 ラモーの新曲も待っている。 私は本当に幸運だと思う。 30年前にルイ・ロートレックと知り合い、最初に意気投合して、1年後には彼とアンサンブルを作り、最初のコンサートで、ロートレックの生徒で16歳になる直前だったHと同じパートを弾いた。そのまた1年後、このアンサンブルでスペインに公演旅行に行き、その時にやはり過去にロートレックの生徒だった28歳のギタリストMと知り合った。アンサンブルはいろいろな編成(最大12人だった)で、いろいろな場所で弾き、それはそれで楽しかった。 私とHとMとロートレックの4人では、パリのインターコンチネンタルホテルで阪神大震災の被災児童を招いたコンサートで弾いた。 パリ大学の音楽学の学生になったHがオペラ座図書館から発掘してくるミオンの曲を弾くようになったのはその少し前の1994年頃からだった。でもその頃はまだバッハやボッケリーニなども弾いていた。 私が「大人のグループ」から完全に離れて、はるかに刺激的な若い2人とのトリオを選んでから20年以上になるが、音楽的には毎回が新しい発見と新しい歓びの連続だ。人間的には嵐のような日々を経験した。どんな修羅場の後でも、花束と新譜で再出発してきた。 若い二人は私生活も嵐に次ぐ嵐のようなものだったけれど、私だけは私生活が安定していて引っ越しもしないので港のような存在になれたのもラッキーだった。 彼らより10歳も20歳も年長の私としては、彼らの都合でトリオが消滅するのならしょうがないけれど、私の体力や技術のせいでトリオを解消するのは嫌だった。 一番残念なのは、私たちのトリオの演奏をバックに私が踊れないことだ。弾くことと踊ることは同時にできない。でも、バロックバレエも20年以上続けていることで、結果として体力も維持できているのかもしれない。 バレエと音楽がなければ、引きこもりの座業である私はもうぼろぼろになっていたかもしれない。 もちろん演奏と加齢のせいで爪が割れたり腱鞘炎になったりというアクシデントとは隣りあわせだけれど、いわゆる怪我をする心配はないし、クラシックバレーもトウシューズをはかないことにし、転倒を防ぐため回転の連続はセーブすると決めている。 それにしても、演奏家とは、過去のどんな天才作曲家とも付き合えるのだから、最高にしあわせなアーティストだ。 こんな幸運がいつまで続くのかは分からないけれど、日本から戻ったトリオがすぐに別の曲を弾きながらわくわくキラキラする時間を共有した後で、感謝の気持ちでいっぱいになっている。日常のあれやこれやの不安ややっかいごとなどきれいさっぱりと別世界の出来事になる。 この幸運を何かに還元できますように。
by mariastella
| 2017-11-11 08:02
| 雑感
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