『外国人』The Foreigner マーティン・カンベル監督/ジャッキー・チェン、ピアース・ブロスナンジャッキー・チェンが政策に加わった英中合作映画。 ジャッキー・チェンの演技がすばらしい。こんなにいい役者だったのだなあと今更発見した感じ。それに、彼のようなアクションスターでいつリタイアしても優雅に暮らしていける財産もあるだろうに、いろいろな作品へのチャレンジが続くのはすごい。このような人が活躍を続けられる「国境のない映画界」は捨てたものではない。 ロンドンのチャイナタウンのレストランの経営者のジャッキーは、高校生の一人娘のショッピングに付き合って、車から降ろして待つことにしたが、店に入った娘は爆弾テロに巻き込まれて死ぬ。「真のIRA」による犯行宣言が出された。 IRA(アイルランド共和軍)はイングランドに対して「武装闘争」を繰り返してきた。その過激だった時代をテーマにした映画に『父の祈りを』があり、前に数回にわたってコメントした。 1998年のベルファスト合意以来、IRAのテロは一応終わり、元のメンバーが首相になっているという設定だ。19年も平和を保ってきたというのに、分派した過激派「真のIRA」の無差別テロによって政治的危機に陥るのは過去の闘士であるリアム・ヘネシーで、その役を演じるのが元007役者のピアース・ブロスナンだ。 彼は本当にアイルランド出身だそうだ。そういえば初代007のショーン・コネリーもスコットランド人アイデンティティを掲げているし、「英国紳士」なんてとてもひとくくりにできない。 ともかく、往年の007と往年のクンフーのヒーローが対決するこの映画は、ロンドンという国際都市で、1984年に移民してきた初老の男(だから何の危険もないと最初は見逃されるが実はベトナム戦争でUSに特殊訓練を受けたゲリラだった)と、一見「立派な英国紳士」だがやはり過去にはIRAのゲリラでテロ攻撃にもかかわった歴史的マイノリティの立場にある男、という、国籍があっても「外国人」であり続ける二人を「対決」させた。 亡命の途中でタイの「海賊」に襲われて娘二人を失うというつらい過去を乗り越えた男が、最後に恵まれた末娘、産後に妻も亡くし、たった一人残った家族である末娘の「復讐」を誓う。 IRAのメンバーや旧ゲリラたちも、多くの家族を失ってきた。 それら「過去の闘士」たちの抱く歴史の痛み、運命への怒り、が並び、重なり、うねりとなる。 ふたつのストーリーを同時に見ていると、ジャッキー・チェンがブロスナンに「あんたたちはカトリックなのに」と言うシーンがあるのだけれど、不正や悲しみや恨みや復讐の意志などは、宗教も人種とは実は関係がないと分かる。 宗教や人種や国籍などは排除や憎悪や攻撃の口実だったり、契機であったりしても、本当の理由ではない。ロンドンでのテロと言うと、近頃はもちろんイスラム過激派のテロを思い浮かべてしまうが、この映画でISではなくIRAを使ったのは、その意味で大いに意味がある。 テロの後のシーン、暴力シーン、撃ち合い、殺人など、ヴァイオレンス満載で、プロの警備員たちが復讐劇に巻き込まれていくのは不当だとしか言えないけれど、最後は、一応のカタルシスと一応のハッピーエンドとなる。 黒人の警察リーダーと中国人の移民と政治家という3人の中心人物が、最終的に互いの苦しみや立場の中で「絶望」の淵には落ちていかないし落とさない強さがありそうなのが救いと言えば救いだ。 この映画の上映には不思議な噂があって、その中には宣伝を自粛させているというものがある。 フランスの緊急事態宣言下、カタルーニャの独立騒ぎ、イスラム過激派のテロや、一匹狼のテロリストなどのいろいろな問題があるところに何かピンポイントで「不都合な」部分があるのだろうか、と勘繰ってしまう。警察の特殊部隊が生き残ったテロリストに自白させた後でその場で撃ち殺すシーンも「不都合」だろう。007も「殺しのライセンス」だけれど、軍隊も特殊警察も諜報員も、結局は国家による「司法抜きの殺人装置」として機能しているのが現実なのだ。 考えてみると、私のごく近くにはチベット、中国、ベトナム、イラン、スペイン、アルゼンチンなどからフランスに来た人たちがいる。中国人の友人はカンボジアでクメール・ルージュに銃を突き付けられた、と言っていた。他の人たちもみな大変な目にあってきただろう。アルジェリア戦争後に成人したフランス人や戦後生まれの日本人は、なんだかんだと言っても「戦争」を直接体験しないで生きることができた。 こういう映画を見ると、その僥倖をあらためて感じるし、残された時間で何をすべきかという自問に別の方向から光が差してくる。
by mariastella
| 2017-12-03 00:05
| 映画
|
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 カテゴリ
全体
雑感 宗教 フランス語 音楽 演劇 アート 踊り 猫 フランス 本 映画 哲学 陰謀論と終末論 お知らせ フェミニズム つぶやき フリーメイスン 歴史 ジャンヌ・ダルク スピリチュアル マックス・ジャコブ 死生観 沖縄 時事 ムッシュー・ムーシュ 人生 思い出 教育 グルメ 自然 カナダ 日本 福音書歴史学 未分類 検索
タグ
フランス(1119)
時事(637) 宗教(495) カトリック(461) 歴史(270) 本(223) アート(187) 政治(150) 映画(144) 音楽(98) フランス映画(91) 哲学(84) コロナ(76) フランス語(68) 死生観(54) エコロジー(45) 猫(43) フェミニズム(42) カナダ(40) 日本(37) 最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||